共闘
「……何とか逃げ切れたかな?お兄ちゃん大丈夫?」
「あ、あぁ。美紗希も怪我は無いよな?…いや違う!何で、美紗希がここに!?それにあの詠唱は…」
もはや何から尋ねればいいか分からない。慌てふためく史人になんと答えたものかと思案した美紗希。その時、史人の小脇に抱えられていた少女が目を覚ました。
「………ん…ぅ…」
「……兄さん…まず私が聞いていいですか?」
スッと、細くなる目が史人を射抜く。やましいことをしていないはずなのにその目で見られると身体が少し固くなり咄嗟に返答ができなくなる。
「い…や、これは」
「……んぅ?…………ッッ!!」
タジタジになっている間に完全に意識が覚醒した少女は自身を抱え上げる史人を見上げ、直ぐに暴れ抱え上げる史人の腕から逃れる。
そのままバッと走り距離を取ろうとしたのか、逃げようとしたのか分からないが急に身体の力が抜けたように倒れ込む。
「……な…んで…動かない」
「………私じゃないよ。お兄ちゃん」
史人には心当たりが無いためにもしかして美紗希かと、チラリと見て目があって頬を染めて目を逸らしてそう言う。
いや、よく考えるとあの冷暗庫にどれだけの期間閉じ込められていたのか分からない。丸一日かそれ以上か、どちらにしても成長期の少女にとってはキツいだろう。トドメは全力を込めて作ったナイフ。まだ史人の胸元にしまってある。余程の魔力を詰め込んだのであろう。
「………で、どうするつもりだったの?お兄ちゃん」
「……さあ?咄嗟だったから連れてきちまった」
「さぁって……」
呆れる美紗希の瞳に耐えきれなくて目を逸らすが、確かに何も考えていない己に自分自身が呆れている。
「でも、流石に見殺しにはしたく無い」
地獄に堕ちて人を何人も殺して冷酷になった。だけど、これを見捨てるだけの外道には堕ちてはいない。いや、違うな。堕ちたくないのだ。本質から目を背ける行為だと知っていても。
「…そうだね。お兄ちゃんの言う通りだよ。…大井さんに相談かな?」
「……いや。俺が拾った以上俺が責任を持つ。こんなことやってればきりがないからな。特にここは。……大井さんにはその許可だけ貰う」
こんな少女言葉を選ばずに言えばいくらでもいる。たまたま史人の前にいただけの少女だ。これからも出てくるであろう。そのたびに大井に庇護を求めるのは少し違うだろう。
それにこの少女の意思もある。庇護は受けないと言うのであれば強制はしない。ある程度回復したら好きにさせる。敵意を向けてくるようであったら……その時は史人が殺す。
「って事だ。聞いてはいるだろ?どうすんだ?」
「……お母さんを…殺した人…は…誰?」
動かない身体で精一杯、史人を今にも泣き出しそうな瞳で睨みつける。…強い子だな、と思う。己なら泣き叫ぶ事しかできなかったはずだ。だと言うのにこの子はこの年で復讐を決意しかけている。
「さぁな。俺が知るわけ無いだろ?だが、犯人がいるかもしれない場所は検討が付く」
「教えて…私に…お願い…お願いします」
遂に泣き始めた少女の痛々しい姿。余程硬い絆で結ばれた母子だったのだろう。
「お兄ちゃん…」
「………行ってやりなよ。史人」
暗影から足音共に相馬の声が聞こえた。近くにいたらしい。美紗希が血相を変えて警戒するが史人が手で抑える。
「俺に死ねってのか?あんなわかりやすい建物、お前らの国家魔術師共が群がってるにきまってんだろ」
一つだけある高いビル。そして、実際そこに親玉がいるらしいのは公然の事実だ。
「確かにそうだ。あそこに僕達国家魔術師は向かうだろう。それかもう制圧済みかもしれない。だけどね、村上組の組長だって馬鹿じゃないだろう?逃げ道をいくつか用意しているはずだ」
「そうなったら今度は逃げ道が分からねぇだろ。ってか、それこそ国家魔術師の連中は逃げ道をもう探してるんじゃねぇのか?」
国家魔術師の事の詳しい事は史人は知らないが、経験豊富な者達は逃げ道を先に潰すであろう。今は結界が張られていて逃げられないとしても。
「それだ。勿論、組長さんは逃げようとするが逃げれないと察する。では隠れてやり過ごすしか無くなるだろう」
「じゃあ、それは何処だよ?」
結局わからないじゃねぇか、とため息を吐きたくなる史人。その時、何かを思い出した少女がボソリと言う。
「…ビルの…近くの三階建ての家…地下に…逃げるって…」
「ほら、見つかった。そこだよ、三階建ての家だって」
「……そうかよ…で…お前は何しに来たんだ?」
相馬から距離を取り警戒する。史人にはまだ相馬の目的が測れていないのだ。さっきまでは史人には敵対しないと言ったが、お仲間の国家魔術師にもバレて状況が変わっている。
「何って…僕も一緒に行くよ。君達だけだともし仮に国家魔術師に鉢合わせたら殺されちゃうし。僕がいれば言い訳が効くかもしれない」
「お兄ちゃん…」
信用は…したい。が、後ろから斬られる危険性もあるのだ。とまで考えて、笑う。
後ろから斬られる?そんな機会いくらでもあった、何なら今でもできる。それに…命を張った相馬を信用出来ないようじゃその先何も信用など出来ない。
「それにだ。…組長を仕留めないと…いつまで経ってもこの結界は消えない。この結界はかなり魔力を食うけど…人数が人数だ。無理すれば数日このままって言うのも可能だって聞いたからね」
「お前は…なんで…」
「僕はね、史人。国家魔術師だ。虐殺者でも、断罪者でも無い。弱きを助け強きを挫く、そんな……ヒーローになりたかった。野良魔術師の犯罪率が高い事は理解してるし、世界がどうだこうだって話も筋はわかる。でも…僕はもっと小さな…例えば友人が本人の意思とは関係無くなってしまった事に対して救いの手を出せる人になりたいんだ。だから、史人。僕にも協力させて欲しい。君の為にとは言わない、僕の為にお願いするよ」
……あぁ、ぐぅの音も出ない程立派な奴だ。ただ流されるだけの己とは何もかもが違う。硬い芯が1本通っているのが良くわかる。己の心に従うまま行動するなんて史人がしたくても出来なかった事だ。本当に嫌になるくらい、自分の劣っているところを自覚させられる。
なんて当たり前か。なにせ錆びた刀と、光輝く剣だ。そんなの一目で分かる違い。……何が、試すか?だ。アホらしい。
「勝手にしろ。ほら、お前。立てるか?」
「………お前…じゃない…ねねって名前が…ある」
フラフラと史人を睨みつけながら何とか立ち上がる。1歩足を踏み出すだけで辛そうだが、助けは請わない。
「……ダメだったら言ってね?」
美紗希が心配そうにねねを見守るが、それすら煩わしそうだ。這ってでも進む。その精神は幼い少女には酷かもしれないが、野良魔術師として生きていく上で必要な事だ。
「…その組長を殺す。さっさと結界を解いて帰るぞ。終わったら…美紗希沢山聞きたいことがあるからな。お兄ちゃんとお話だ」
「そんな…二人きりで…」
二人きりでとは一言も言っていないが、確かに二人で話をする予定だった。しかし、両手を頬にあてて照れる美紗希に誰でもいいから一人つけるかと思案する。
「……美紗希さんって…こんな人だっけ…?」
仲の悪い兄妹だと聞いていたが、そんな様子は微塵もない。それどころか仲が良すぎて変なことを疑いたくなるレベルだ。
その変な事にもう片足どころか半身ズブズブに浸かっている兄妹であることをこの時の相馬はまだ知らない。




