血祭りの始まり
「……何だこれ?死体が…沢山」
「……季節が冬で良かったな。夏だったら酷でぇ悪臭だぞ」
「いや、それでも酷い匂いですよ」
結界に足を踏み入れた瞬間からもう紅い花が咲き乱れる様に散らばる死体と血の海とペイント。当然死体から垂れ流される糞尿の臭いだけで充分酷い悪臭に満ちていると言えた。
「……俺帰っていい?」
「いいですけど、俺は残りますよ?」
「…なら帰れねぇじゃん!」
「俺にキレないでください…。そんなアレだったら結界の外で時間を潰しててらどうですか?外だったら臭いしませんよ」
完全に気分が乗らない様子の大井は結界の外で待機。大井クラスになると離れていてもどんな状況か大体分かるらしい。なら最初からそうして欲しかったと思わないでもないが口には出さない。
……なんだかんだ言って、近くに大井がいるかいないかで安心感が違うのは絶対に知られたくない秘密だ。
「っても、今日は本当に死体しか無いな。何があったんだ…気味悪いな…」
独り言を呟いて血塗られた細道を歩く。勿論全員が全員死体な訳では無い。生きている人もいるが、それは引きこもっていたり黙っていても死にそうな者達だ。元より生気の無い者達。殺しをしたくてきている訳ではないのだ。そういう者は無視である。
「……薄情なもんだよな。俺も、皆んなも。……困っている人がいたら助ける…ね」
昔、鮎川と相馬の3人で帰っていた時に鮎川が落し物をした老人のお手伝いを願い出た時があった。その時に言った台詞がこれだ。
この台詞に鮎川の育ちと人間性の良さが良くわかる。なんて優しくていい子なんだろうとその時は更に惚れていったが、今はポッカリと空いた穴に空虚な風が通り過ぎていくだけ。
「じゃあさ、俺達を助けてくれよ」
お尋ね者として隠れる日々、いつ死ぬかもしれない生命の奪い合い。そんな…かつて憧れた非日常は、ただの地獄であった。父親を失い、自分だけでなく妹の未来も奪ったのだ。己のせいで。そんな、雁字搦めのような状況。真に救いを求めるのは……。
「……なんてな。俺が救いを求めるのはあまりに傲慢がすぎる…」
自分の事で精一杯の時に他人に施しを与えられるだけのできた人間ではない。こうして、荒んだ心からでる荒んだ台詞を言うだけの凡人なのだ。鮎川のように聖人ではいられない。
だが、それでも。己に救いを求める事だけはしない。してはならない。気高い精神性では無い、薄汚れた贖罪の為に。
それがまた、鮎川とは永遠にお似合いにはなれない薄汚い自分の証明だと言い聞かせる。どれだけ忘れようと、扱き下ろしてもしても完全に拭えない感情を消すために。
「あぁ!やめだ、やめ!キリが無い!」
ぐるぐると回る思考をやめるために、壁を叩き叫ぶ。これで他の魔術師が来ても構うものか、それどころか望む所である。このドロドロとした感情を消すには丁度いい。
と、据わった目で周りの気配に集中する。
「……ん?」
その時だ。ガタリと変な音が聞こえたのは。史人には感知能力みたいな便利な力はない。だからこそなのかもしれないが音や見たものには通常より敏感になっている。それでも、僅かな変化すら見通す感知系の技能を取得している魔術師達とは比べるまでもないが。
「音が…したよな。奇襲か…」
右手に錆びた刀を顕現させ、攻撃に備える。敵の場所がわからない為に壁を背にして死角を無くし、全神経を気配感知に集中させる。
「…こない?…逃げた?」
いや、身動きしたような音はしなかった。音は小さく古い一軒家からしたが…出てこないということはまだ家の中にいるということか?もしかして…最初から襲う気の無い魔術師だったのか。
「…でも…臭うんだよなぁ」
かなり濃い死臭が半開きになった扉から漏れ出してくる。そして、横に捨てられてある女性だろう死体。いくらか時間が経っている為かこれも臭いが酷い。
「……行くか…」
このまま去って背後から襲われる可能性だってある。それよりは、正体を確認してからの方が安心だ。何も無かったらよし、もし、家の住人がいて怒ったら全力で逃げる。
ギイと、音を鳴らし古い扉を開けて家の中に侵入する。錆びた刀を右手に持ち構えながら少しづつ家の中を進む。家の中は酷い有様であった。ガラスは全て割れて壁も障子もほとんど破けて、靴を履いていないとどこも歩けはしない。
「…ここは…大丈夫だな」
しかし、それも奥にある台所まで来ると壊れているものは無くなり、生活感のある光景が広がる。冷蔵庫に、ガス台、食器置きにはお揃いのマグカップが二つ並んでいた。
「未だに謎なんだよな…結界内で電気が使えるのが…。中は…作り置きが沢山。お、手作りプリンもあるな」
ほかの人の家の冷蔵庫を開けにくいという忌避感は結界の中にいる史人には無い。
「賞味期限が切れているのは肉くらいか。他のは全然平気…ってことはつい最近まで人が暮らしていた…ってことか」
結局、家の中に入って冷蔵庫の中まで見てみたが何も見つかりはしなかった。
油断は解きはしないが、肩の力を抜いて外に出ようとする。収穫は得られなかったが、背後から刺されることを心配する必要も無さそうだ。その時、ふと昔の思い出が蘇る。ここに入った瞬間から心にあった違和感がやっと分かったのだ。
「……冷蔵庫…そういや。ウチの父さんの実家は地下に冷暗庫があったな…」
家の形式が何かに似ているなと思ったら、そうだ。父親の実家に似ているのだ。そこにある冷暗庫には缶詰から採れたての野菜まで何でも沢山しまえる場所だ。かなり広く、幼い子供ならば簡単に入るくらいの。
「…………やっぱり変だよな。この、大き過ぎる絨毯は。慌てて何かを隠そうとしたような…」
ある仮説が頭の中に閃く。お揃いの、昔流行った幼い女児向けのアニメのイラストが貼ってあるマグカップに、冷蔵庫にあった子供が好きそうなお菓子や食べ物の数々。そして、扉の前にあった女性の死体。
「……もしかして…」
絨毯を剥がし、本来あった床を見てみる。
「やっぱり…」
何かいる。そう思い、扉を開けようとした瞬間。
「うわぁぁぁぁぁあ!」
小さなナイフを握り締めた小学生高学年くらいの少女が飛び出してきた。
「うおっ!?」
突然の事で驚き後ろに仰け反った為に前髪を幾らか斬られる位で済んだ。そしてしても、迷いの無い突きであった。喉を目掛けて一直線に来た為に少し遅れていれば死んでいたかもしれない。
「お母さん…の…仇…絶対…許さない…死んじゃえ…」
「……ふぅ…」
かなり動揺したが、少女の酷く憔悴しやつれた顔と殺意に満ちた目を見て気持ちを落ち着かせる。
「死んじゃえ、だ?やなこった、殺されてもしょうが無いクズだが、殺されてやる義理も無い」
ゆっくりと立ち上がり錆びた刀を右手に改めて顕現させる。少女の手に握られているナイフはよく見れば武器魔術である。ならば、性別も年齢も関係ない。魔術師と魔術師の殺し合いだ。
俺は俺の望む物を得るために、年端のいかない少女だって殺してやる。人間のクズだって?そんなの、俺の右手見りゃ分かるだろ?錆びた刀を持っている時点で察しろって事だ。
「ハァ…ハァ……お母さんを…よくも…」
「……今度はよく狙って当ててみろよ。そのナイフでな。生きたきゃ殺せ。お前のお母さんはそれが出来なくて殺された。多分、弱かったんだ。お前を守るくらい強くは無かった」
俺は…何を言っているのだろう?なんで、わざわざこんなことを丁寧に説明しているのか。ついさっき、殺し合いだ、なんて言っていたのに。
「ここで死ぬか?俺に殺されて母親の仇も討てず何も出来ずに、終わる。殺し合い、それは敗者の願い、未来を奪う事になる。お前はそんな結末を、望むのか?」
「…イヤ…まだ…死にたくない…。死ねない…お母さんを殺した人を…殺すまで…」
ナイフを握る力が強くなる。手が震えて、それでも史人にナイフを向けて構える。
あぁ、そうか。俺は…どこまでも屑野郎だな。自覚した瞬間に湧き出る自嘲。結局…俺も殺す為の理由を探していたのだろう。無抵抗の相手を殺すのは嫌だ…なんて自分勝手な理由で少女に覚悟を決めさせた。
「これで…迷い無く…殺せるってか」
「う、あぁぁぁぁぁぁああ!!」
錆びた刀を振り上げる。動きも何もかもが想定の範囲内。簡単に殺せる。次の瞬間には刀の射程に入った少女の柔い首に錆びた刀がめり込んでいるだろう。その小さいナイフは史人には届きはしない。
分かりきった結末。
「っ!?」
「えっ!?」
それは、立つこともままならない地響きによって訪れることは無かった。
ナイフは史人の脇腹をかすり、振り下ろした錆びた刀は床に突き刺さる。
互いの肩どうしがぶつかる結果となり、そのままもつれ込むように倒れる。
「なんだ…畜生…って、うおっ!」
食器棚が崩れ落ちそうになり慌てて逃げようとするが、一緒に倒れた少女に動きは無い。
「あぁ!クソっ、何やってんだ俺は!」
さっきまで殺し合いなどと抜かしていた己は何処に行ったのであろう。意識の無い少女を抱えて慌てて怪しい音を立てる家から脱出する。
「……あれ?おかしいぞ…この感覚…なんか変だ」
外に出た瞬間に分かる違和感。結界の中の筈なのに、まるで結界の外にいるような感覚。いや、違う。これは。
「結界…が消えた?」
ありえないことが起こった。ありえないこと?違うだろ?ありえる事ではある。その原因は単純明快。
国家魔術師による襲撃だ。
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