待ち人来ず
「さぁて!今日は休みだ!存分に殺りあえるな!」
「……それって休みじゃ…まぁいいですけど…」
「そりゃそうだ。お前は美沙希や青葉と違って近接戦闘だからな。強くなるには数をこなすしかなぇよ。ほら、キリキリ行くぞ」
「俺としては美沙希に魔術師の才能があったことにビックリなんですが…。というか、何で美沙希の能力教えてくれないんですか?美沙希も答えてくれないし…」
これから一緒に戦っていく上で味方の能力を知っておくことは大事だ。しかも、美沙希はかなり才能があると聞いた。兄として多少複雑でもあるが、この世界でも美沙希は輝けることを知って嬉しかったものだ。
なのに、何も教えてくれないとは。少し不貞腐れても仕方ないだろう。
「そう、むくれるな。ちょっと…なによりお前に知られるのは美沙希が嫌みたいでな。恥ずかしいんだと。妹の可愛いわがままだ、許してやれよお兄ちゃん」
「……わかってますよ……行きましょう」
赤いパーカーのフードを目深に被り歩を進める。結界内も結界外も顔を知られていいことは少ないという建前で、少しだけむくれていた顔を大井に見られたくなく無いという本音を隠すのであった。
「……ぐっ…まだ…まだぁ」
「んー。この前よりはいいが…やっぱり能力が悪いのかねぇ。魔力の消耗が激しいからなぁ。近接戦闘自体は悪くはねぇんだが…魔力ってそう簡単に増えるものでもねぇし。地道やっていくしかねぇな」
今日は1日を丸々使いきり15人近い村上組の組員を殺した。最初の10人は一人づつであったが、最後の5人は警戒していた為か集団行動をしておりまとめて相手することになった。幸い全員武器魔術師であった為に何とかなったが、それでも1時間近いほど死闘を繰り広げた。
「おーい、大丈夫か?そろそろ帰るぞ」
「………もう…ですか?」
「空見てみろよ。お日様がそろそろ落ちる。あんまりお前を夜遅くまで連れ回すと青葉に怒られるし。なにより、愛しのお兄ちゃんを変な道にって…お前の妹に何されるか分からないからな」
「……わかり…ました」
史人が魔術師という存在になってもうすぐ一月が経とうとしていた。確かに、前には進んでいた。強くなっている感覚はある。この1ヶ月何度死にかけたか分からない。それほど死闘を繰り広げ、人をもはや覚えきれないだけ殺してきた。
それが、死なない為に必要な事であると分かっていても。罪悪感は拭えない。自分の大切な物を守ることは敵の大切な物を踏み潰す事に繋がる事もあるのだから。
考えたらキリが無い。これは考えれば考えるほど深みにハマっていくものだ。ましてや、自分の行いを開き直る事が出来ない史人には特に。
だからこそだ。それだけの命を吸って、まだまだ弱い自分。前には進んでいる。しかしその歩は酷く、小さい。
武器だけでなく進む足まで錆びているなんて、嗤えて、笑えないのだ。
クックッと耳元で何かの笑い声が聞こえた。この、罪悪感を。手っ取り早く、強くなるその手段。それに手を伸ばせば…この心を締めつける苦しさから解放されるのか。
「なに、ゆっくりでいい。お前は少しづつ強くなればいいんだ。それまでは俺が守る。期待しているぞ、史人」
「…………ッ」
フードを更に目深に被り、大井から顔を逸らす。弱い、弱すぎる。このような言葉に一々左右される己の心が。何より、今の言葉に救わる気がする単純な心が。
一番小さく、未発達なものは武器魔術師としての技量ではない。戦闘スキルでもない。知識でも、何でもない。ただ、その心だ。なにかに手を伸ばすにしても、大井の期待に応えるにしても。一々罪悪感に心を押し潰されて、葛藤していては話にならない。
一々揺さぶられる心。それを何より優先して鍛えなければならない。でなければ、選択すべきその時が来ても…何も選べず全てを失うかもしれない。
「わかってる。俺が美沙希を守るんだから。必ず強くなる、ならなきゃならないからな」
まずは今の感情を飲み込もう。今までのように臭いものに蓋をするように目を逸らしはしない。受け止めて咀嚼して、少しづつ強く。
「お?生意気いうじゃねぇか。今日は意識あるだけマシだから調子乗ってんな?」
うりうりと、肩に手を回し頭を軽く小突く大井。そんな風にじゃれあいながら帰路につくのであった。
「これでウチの組員の半数以上は謎の二人組の男に殺されたことになる。それどころか二人を見た奴らも皆何も言わずに組をぬけたときた。俺が留守の時に何が起きたんだ?えぇ、無能共」
「も、申し訳ございません!なにぶん、突然で…対応が難しく。集団行動させていた者達も殺られて…」
今、結界内では四六時中どこかしらで戦闘が起きている。その音のせいで味方が争っているとすぐには分からないのだ。無論長くなる場合は無数の連絡手段があるが。集団行動していた時に関しては大井がそこから逃げられないように結界をはったのだ。
「シマ内の野良魔術師の仕業か?あんな雑魚どもに遅れをとるなんて随分と気が緩んでるんじゃねぇのか?エェ!!ゴラァ!!」
「ひっ!も、申し訳ございません!」
「ッチ…月宮組の会合で言ってた事はこれか。数が多けりゃ雑魚じゃねぇのも出てくるってことかよ。最悪だぜ…こんなこと知られたら、月宮組の庇護を受けれねぇじゃねぇか。すぐにでもそいつらを殺さねぇとな」
村上竜二。村上組の初代にして古参魔術師の一人。その魔力も質も1級で、まさに結界の支配者に相応しい力を保持している。顔に深く刻まれた傷に背中に大きく彫られた昇り龍の刺青。まさに古きヤクザのトップという見た目だ。
「行くぞテメェら。久しぶりの野良魔術師狩り、増えすぎた雑魚共の間引きの時間だ」
カチャリとサングラスを掛けて高いブランド物のコートを羽織り外に出る。それに慌てて付いていく組員達。ぞろぞろと竜二を先頭にして古いビルから外に出ていくのであった。
誰もいなくなった村上組の事務所。その扉をキィと開ける黒服の男が1人。感情の無い瞳で周りを見渡し、先程の会話を思い出す。
「……無能を晒したな。ここが…生贄だ」
一番奥にある大きな竜二が座っていた机の上に1枚の便箋を置いて立ち去っていく。それには、月宮組の家紋が付いていたのであった。
「な、何が起こってるの…?」
「心配しなくて大丈夫よ、ねね。お母さんに任せなさい。絶対にここから動いちゃダメよ?お母さんが帰ってくるまでいい子にしなさいね?」
「す、すぐ終わる?」
「勿論。だから、お母さんが帰ってくるまでいい子にしててね」
「わかった…。ねね、頑張るね。だからお母さんも頑張って」
ある家の小さな隠し部屋。そこに隠れる幼い少女。その不安を押し隠す笑顔に母親は優しく微笑み、その扉を閉めた。
1時間が過ぎただろうか、まだ幼い少女にとって狭い暗闇の空間というのは酷く恐ろしいものだ。早く、早く、お母さん。迎えに来て…そう願いながら待っていた時、物音が聞こえた。
「お母さん…じゃない」
聞こえてくるのは見知らぬ男の声。乱暴な足音でドカドカと部屋を荒らす音が聞こえる。
「こ、怖い…怖いよ…お母さん…」
母はどこに行ったのか。なぜ、知らない人が部屋に入ってくるのか。見つかったらどうなるのか。その全てがまだ幼い少女の心を押し潰そうとしてくる。
「さっきのはいい女だったなぁ。野良魔術師狩りとかじゃ無かったらまわしていたのによぉ。勿体ねぇ」
「確かになぁ。でもよ、流石家持ちだけあって中々強かったな。油断してたから、いいのを貰っちまった」
「変に必死だったからなぁ。それに、お前それにキレて顔の原型が無くなるまで殴って、ぐちゃぐちゃにしたしたろ?あーあ」
「仕方ねぇだろ。ムカついたんだからよ。ほら、次行くぞ次。ここにゃ誰もいねぇ」
「次は控えろよ」
「サボってるのばれて殺されるよりマシだと思うんだがな、俺は」
そんな会話が遠ざかっていくのがわかる。ハハハッと笑いながら、ついになんの音も聞こえなくなった。
「………お母さんの事じゃ無い…絶対違うもん」
耳を塞ぎ、目を閉じる。お母さん以外は絶対にこの扉を開けないと心に固く決めながら。母を待つのであった。




