月宮組の当主
「ようこそ、我ら月宮組のお誘いをお受けいただいてありがとうございます。ささやかですが、ご料理を用意してあるので、ごゆるりと」
鈴を鳴らすような心地の良い声が畳が敷きつめられた広い座敷部屋に響く。声の主は制服姿が似合うほど若い見目麗しい少女だ。ただ、纏う雰囲気は他の女子達とは一線を画する雰囲気を纏っている。腰まで届く漆黒の滑らかな髪に、真っ黒な瞳。黒を基調とした着物姿というのもあり落ち着いた印象を与える。さらに、まだ年若いこともあり胸は控えめだが、それをおして余るだけの色香に満ち溢れていた。
30畳近くある広い宴会用の座敷に並べられた膳の数々。どれも最高級の料理である。しかし、誰もそれに手をつける者はいない。
なにせ、ここに呼ばれた者達は全員が敵同士なのだから。
「フフッ。怖がらなくても毒などは入ってませんよ。今の私達は争うつもりはありませんから」
「……ふんっ。さっさと要件を言え。こんな早朝に全員の弱みを握り脅して集めたこの会合の意味を」
少女に応えたのは壮年の厳つい男。この会合にいる者達はみな壮年の男性と女性達。それらが纏う雰囲気も只者では無い。目付きは鋭く、少女を射抜く。
その人を殺せる視線を涼しい顔で受け流す少女。勿論少女1人ではない、その後ろに顔も体格も纏う雰囲気も何もかもが違う男達が5人控えていた。
そう、ここは関東最大級のヤクザである月宮組が主催の会食会。
月宮組はここ最近魔術師の力を得て急速に拡大したヤクザだ。都内に多数ある野良魔術師の結界の半数近くを支配している。国内最大級のアウトロー魔術師達で構成されているヤクザ。その資金も人材も圧倒的でほかの追随は許さない。
その当主は先代月宮源蔵の一人娘である月宮零である。魔術師としての腕は若くして天災クラスだと評判で、もはや今は魔術師達の中でも最強の一角とされている。
「そうですか…では。今宵呼んだのは魔術師達の中でも影響力がある者達というのはお分かりでしょう?」
今回呼ばれた者達は野良魔術師達の暮らす結界を支配していたり、組員が多かったり、魔術道具の制作技術が高かったりと何かしらに強い力を持つ者達だ。
「まぁ……ひとつだけ席が空いてしまいましたが…。残念です。天災の呼び声高い大井様にお会いしたかったのですが…。それは良しとします」
心底残念そうに顔を俯かせる少女。本気で悔しがっているのが分かるが、すぐに切り替えて話を続ける。
「特殊なスジから情報が入りました。私達魔術師を取り締まる事に遂に国が本腰を入れるようです。その為に国家魔術師達が警察組織から切り離されて独立した組織となり、もっと過激にそして大規模に私達を追うでしょう。私達はそれに備えないとなりません」
「……それで?何を俺達に求める?」
この情報が本当だとして、何を求めるのか。それが気になる呼ばれた者達。わざわざ頭目がこうして出てこないといけない弱みを握り呼びつけたのだ。ここで殺されるくらいの覚悟は決めている。最悪恭順しろということだったら暴れるだけ暴れて死ぬ、そのつもりで来た。
ズンッと空気が重くなり魔力が満ちていく。どれも1級の魔力量と質だ。頭目をはるだけあって個人としても最強クラスの者達。
「いえ、何も。恭順しろとも、宣戦布告でもありません。このことを伝えに呼んだのです。本当にそれ以外ないですよ。フフッ…ただの会食会だって言ったじゃないですか」
あぁ、なるほど。理解した。これは遠まわしに月宮組の力を誇示する為の会だ。我々クラスを簡単に呼び出せるということを分からせ、やろうと思えばお前らは簡単に吹き飛ばせるという事を伝える為に。
「……なるほど…クックッ……月宮組はまだまだ安泰か。料理は冷めたがいただこう」
毒を盛る心配?馬鹿馬鹿しい。そんな事をしなくても簡単に皆殺しに出来る力を見せた。警戒する?そんな事に意味は無い。警戒して防げる類のものでは無いのだから。
料理に手をつけるということは、半分恭順する事を承諾したもの。こうしてニコニコと少しづつ食べ始める人達を見つめる少女は、敵対勢力を傘下におさめることに成功したのだった。
「なにかあったら私にお伝え下さい。この会食会に参加した皆様はもう友のようなものです。国家魔術師達の襲撃に共に備えましょう」
目を細め笑う。傘下に降ったのだったら、守ってやる。そう言外に伝えて完璧な所作で立ち上がった。
「では、私は用事があるのでこれにて。皆様はごゆるりとくつろいで下さいね」
主催の少女がすぐに帰る失礼を咎めるものは誰もいない。いる訳が無い。ただ、このような勢力図が大幅に変わる事ですら少女にとって片手間の事であるようだ。この事実ひとつとっても格が違うことが分かる。
「あぁ、言い忘れていたことがありましたわ。お気づきの方も多いと思いますが、私達月宮組は国家魔術師達の撹乱の為に野良魔術師達を増やしています」
借金の首が回らくなった者。何か脛に傷がある者。犯罪者。一般人も関係なしに次々に結界に放り込んで魔術師にしている。喜ぶのは最初だけ。すぐに国家魔術師に捕えられたり、それを逃げたとしても結界内での過酷な暮らし。
「最近なりたての魔術師達が結界に随分と入ってきていると思ったら。そういうことか」
「ええ。なりたての魔術師は使えない者達でも国家魔術師の目を誤魔化すだけの効果はありましたから」
「ハハッ!俺の所の結界など人が多過ぎて毎日虹を見ているような気分になるほど戦闘が各所で起きているぞ!」
「私のところは、随分と綺麗になったよ。ゴキブリ1匹見なくなったわね。国家魔術師に追われているからって結界内に逃げ込んでそんなものまで食べて命を繋いでいるのよ?ハハハッ、底辺は悲惨ねぇ…面白くて笑っちゃうわ」
各所で笑い声が上がる。結界内を完全に掌握する頭目達はそんな底辺魔術師のことは眼中に無いのだ。結界内の1番いいところに住み、組員を住まわせる住居を奪い取って結界内を支配した者達。その組員達も強者揃いである。万が一にも結界内で我々に勝てる者はいない、そう思っている。
結界内を支配するということは住居を持っている大家などから金を徴収出来る権利を持つ事に繋がる。払わなければそこから追い出すことが物理的に出来る強者達だから。安定した資金を得る結界の支配者達は下々で争う毒虫達を脅威に感じない。
「フフフッ…流石、百戦錬磨の強者たちですね。ですが…覚えておいて下さい。我々は国家魔術師に対して貴方達を救うことはあっても野良魔術師に足をすくわれた無能は救わない事を…では、失礼」
「ハハハッ、分かっておるわ!」
その言葉は少女なりの冗談だと受け止められて会食会は続く。座敷から出て廊下を歩く月宮零はフッと嘲りを込めた笑みを浮かべた。
「愚かですね。あれでは何人があの場に残るか分からないでは無いですか」
毒虫達は日々牙を研ぎ続けている。命を賭けて、毎日死闘に明け暮れているのだ。
何のために?
生き残る為に、上に行くために。
「上の者の成長が止まってますからね…。まぁ…いいでしょう。腑抜けた者達はいりません。いずれ来る国家魔術師達との戦争に勝てる強者。私たちに必要なのはそれだけです」
パチンと指を鳴らすと服が何処かの学校の制服姿に変わる。髪を纏めて廊下に待機していた男から鞄を受け取る。
「じゃあ、行ってくるわね。今日も今までのままでお願い。野良魔術師の数はそのまま増やしていって。私たちの管理している結界内の野良魔術師には気をつけなさい。これはと思うものはスカウトして戦力を増すことも忘れないで。侮って足元をすくわれる無能だけは晒さない事を命を賭けて約束する事。いい?」
「「「はっ!行ってらっしゃいませ!」」」
月宮零。高校3年生のまだあどけなさが残る可憐な少女は雀の鳴く朝を元気に登校するのであった。
なんか、世界観が一気に広がりましたね。




