予感
「頭が……痛い。なんだ…記憶が…」
「よぅ、目が覚めたか」
「………ここは?」
「店の仮眠室だよ。すげーだろ、こんな所まであるんだぜ?」
あぁ、思い出した。そうだった、昨日からホストクラブの1員になって働いていたんだった。でも、思い出せるのはそれだけだ。
「……俺…ちゃんとやれてましたか?なにかお客様を怒らせたりとか…」
「なんだぁ?史人よぉ、なんも覚えてねぇのか?まぁ、そうだな。ほれ」
隣のベットで寝転がっていた大井が投げてきたのはズッシリと重い茶色の封筒。
「それがお前の今日の分の給料だ。それ見りゃわかるだろ」
身体を起こして封筒を開く。そこから出てきたのは万札の束だ。
「60万。これからもよろしくお願いしますって店からの色付けもあるが…それでも1日でそんだけ稼ぎだしたんだよ、お前は」
「ろくっ!?」
普通の家庭の17歳が持ちなれている金額ではない。
「ど、どうしましょう!ぎ、銀行に」
「出来るか。お尋ね者が預けられるわけないだろ。……まぁ、やってやれないこともないが…どうしても預けるか?」
こちらを振り向きニヤニヤと笑う大井の姿に嫌な予感を覚えて遠慮しておく。絶対に怪しい繋がりから手に入れるつもりだろう。しかし、60万円もどうしようか…結界があるとはいえ、あのボロアパートに置いて置くのは凄まじく不安だし。持ち歩くにしても60万もあったら邪魔だ。
「っと。そろそろ朝7時だな。青葉達が上がる時間だ、迎えに行くぞ史人」
「もうそんな時間なんですね…。わかりました」
仕事が始まったのは夜8時からだ。深夜の4時には大井と史人は上がり仮眠室で休んでいたという。朝は寝て、夜も少し寝たというのに身体の重さは取れない。疲労感が尋常じゃないのだ。
「……やっぱり夜に働くのは身体が慣れていないんですかね」
ふらつく身体を笑う史人に、多分その疲労のほとんどは夜のせいでは無いと思った大井だが。あっさりと収入を抜かれた悔しさがあって口を閉ざすのであった。
「お兄ちゃん!お疲れ様!そっちはどうだった?私の所は人が結構来るから疲れちゃったよ。それにお酒の種類が多すぎて…よく分からなかった…」
赤いパーカーを着た史人を見かけると桃色のパーカーを羽織った美紗希が手を振り兄の元へ走って行く。BARで働いた美紗希は初めての経験のオンパレードで苦笑いで失敗談も話し始める。
「俺もだよ。凄い疲れた…なにせ必死でほとんど覚えていない位だし。お酒の種類だって一種類しか覚えられてない…」
「ははっ!覚えること多いもんね。でも!お兄ちゃんの分まで稼げるように頑張るよ!」
「おいおい、無理するなよ。それにこーいう時は兄が妹の分まで頑張るもんだ」
一種類しか覚えていないのは一番高い酒しか注文させなかったから。覚えていないのは酒でハイになっていたから。噛み合っているようでどこか噛み合わない兄妹の会話。
眠そうにしていた史人が、突如暑そうにパーカーのチャックを胸元だけ開けて髪を上げた。その時美紗希が感じたのはお酒の匂い。
「こんな可愛い妹を沢山働かせるなんて、そんな事をお兄ちゃんがさせるわけないだろ?」
美紗希の手を握り自身の胸元へ寄せ、顔を近ずけてそう甘く囁く。突然の事に顔を真っ赤にして何の反応が出来ない美紗希。
「…へっ!?お、おにゃちゃん!な、なにゅを!」
その様子を見て、右手で顔を抑えて笑いを必死に堪える大井。人が変わったような史人に怪訝そうな顔をする青葉が、大井に理由を聞く。
「いやっ、くっくっく。あいつ、まだスイッチが切れてねぇんだよ。女を見ると無条件に口説き落そうとする、ホストスイッチがな。単純に酒がまだ残っているってのもあるが」
「……スイッチ…オン?」
「あぁ。すげーぞ。史人今日だけで60万」
「…嘘…!」
あまりの金額に青葉が目を見開き驚く。たった1日で稼ぎ出す金額ではない。そして、なにか恐ろしいものを見る目で史人を見る青葉。
「気を付けろよ。仕事モードの史人は無敵だからな。油断しているとお前も落されるぞ…っくっく。それは、それで面白そうだな」
「…気を付ける。史人…恐ろしい子…」
美紗希の手を握っていた手がいつの間にか背中に回され更に密着度を増していく二人を見て、カタカタと震える青葉。
「って、そろそろ止めなきゃヤベェな。美紗希が相手だと、あれ以上は戻れなくなりそうだし。史人にゃ……水飲ませれば済むか」
兄妹でこれ以上はやばいと大井が止めに入る。美紗希は助かったような名残惜しいような、怖いけど、この先に行ってみたかった…みたいなへんに扇情的な表情をしている。
だから妹が兄にしていい表情では無い。
離された史人はフラフラとターゲットを青葉に変えて近づいていく。
「…!?」
カタカタと震えながら恐ろしいものを見る目で史人を見る。それでも逃げないのは何故か身体が動かないから。蛇に睨まれたカエルのように動けない青葉の手をとり、何かを呟こうとした史人を後ろから大井が結構強めに叩く。
「そろそろ戻れ!馬鹿!」
「あれ…俺…何を…」
「やめろよ、マジで史人。家族関係壊すなよ。それに美紗希の前で他の女を口説くな。どっちか死ぬかもしれねぇから」
冗談のようなことをマジトーンで喋る大井。ハハハッ、まさかと美紗希の方を見ると目のハイライトが消えかかっている。その様子に、笑い飛ばせなくなり顔が引き攣る史人。
「……」
軽く涙目で震える青葉が普通の史人に戻った事によってようやく動ける状態になったのか、大井の後ろに隠れた。
「とりあず仕事終わりには、水を飲みまくってアルコールぜんぶ抜け。お前が美紗希達に会うのはそっからだ。いいな」
「……はい…」
有無を言わせない大井の言葉に素直に従う事にする。史人だって嫌だ、気がついたら殺傷沙汰とか。結構ありそうだからな笑えない。
こうして史人達の初仕事は新たな才能の発見と、小さな波乱あったものの無事に終わりを告げたのであった。
「ゴフッ…」
「ガァアァ」
錆びた刀が胸を穿つ。魔術師の人間離れした生命力を完全に断つには一刀だけでは足りず、数本の錆びた刀を倒れた男の背中に刺して動かなくなった所で頭に突き刺して終了。
青葉の方が受け持った敵は胸を抑えてもがき苦しんでいる為、もうじき死ぬだろう。魔術師という下手に丈夫なのも青葉相手だと考えものだ。
「最近…随分と…多い」
「そうなの?」
怪訝そうな顔をする青葉。史人はここに来たばかりなのでこれが異常なのか普通なのか判別出来ない、あれからホストクラブでの仕事が無い限り毎夜死闘を繰り広げている為に感覚が麻痺しているというのもあるが。
「夜も…多いけど…いつも皆寝ている筈の…昼も…多い」
「そうなのか」
今は青葉と二人で買い出しに出かけており、その帰り。行きでも三回、帰りでもこれで4回目。なにかに狙われている…という感じでない。本当に突発的に始める戦闘だ。その証拠にどこかしらで必ず戦闘音が鳴り響いている。こんなことここにきて1年が経つ青葉だが、初めてらしいのだ。
「……人が…急に増えた。なんでだろう…」
なにか、良くないことが起こりそうな気がする。そんな嫌な予感と共に冷たい北風が史人と青葉の肌を撫でていった。
グダグダやってすいません。次から話が動きます(多分)




