美紗希の後悔
「……おかえり、史人」
「あれ…青葉姉さん…なんでこんな所に…」
赤錆の破片や粉末が身体中に付着させて、今にも折れそうな錆びた刀を杖にしてフラフラと歩いていた史人。その前に突如青葉が現れた。
「…お姉さんだから…史人の」
全く説明になっていない。が、今日だけで3人を殺した史人の擦れた心を癒していくのが分かる。
「……あぁ…なるほど」
家族ね。確かにそうだ。だって、青葉の姿を見た瞬間に身体中の力が抜け、こんなにも安堵させてくれる。折れかけた心をまた、繋ぎ合わせてくれるのだ。
力と意識が抜け落ちていく史人を抱きかかえ支える青葉の胸の中で家族という存在を重視する青葉の気持ちが少しわかった。
この誰も信用出来ない結界の中で、疑心暗鬼に陥る心を唯一開ける相手が家族だ。血縁関係があるなしではない、一緒に暮らし義理でも互いに家族だと思えばその時点でもう家族になるのだ。
それは史人の父親がそうであった事を知っている。
特に裏切りや殺し合いが盛んな場所であればあるほど、その繋がりは強くなる。
「……頑張ったね…」
そこ一言を最後に史人の意識は完全に落ちるのであった。
「だだいま…」
「おう!おかえり。結構遅かったな!」
「……………何してるの?」
「猛獣を封印してる」
史人を抱えて、部屋に帰った青葉。そこで見たのは大井が作った結界の中で魔術をぶっぱなす美紗希の姿。
「お兄ちゃん!?この!ここからだせぇぇ!」
「落ち着いたら出してやる。だから気絶するまで魔術をぶっぱなすのはやめろ」
「わかったから。早く!もうしないから!」
「……素直に信用出来ないんだよなぁ…」
だが、信用して解かないと話は進まない。少しでも油断すると喉元を喰いちぎろうとしているのだから警戒しながら結界を解く。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん大丈夫なの!?」
「うるさい。頑張ったんだから寝かせて上げるの」
青葉が駆け寄ってくる美紗希を押し退けて史人を布団に寝かせる。
「け、怪我してる!ど、どうしよ…」
「美紗希……服を脱がすから手伝って。血が付いてるからそれを拭わないと、怪我自体はもう直ってるから心配ない。魔力が空なだけ…」
血だらけの史人を前に慌てる美紗希に青葉がテキパキと適格な指示を出していく。
「あ、あとは!」
「ない。目が覚めるまで待つ。魔力が少ないからすぐ回復するから大丈夫」
「は、はい…」
過剰に心配をする美紗希を落ち着けさせる言葉もキチンと喋る。その姿は確かに兄妹達の姉の姿として恥じないものであった。
「な、言ったろ?青葉が見てるから安心しろって」
「……はい…暴れてしまってすいませんでした…」
兄が無事に帰ってきた事によって、ようやく正気に戻ったのか素直に大井に謝る美紗希。根は真面目で優しい子なのだ。
「なぁに、気にしてねぇよ。それで、話の続きを喋っていいか?」
「話?」
「……………本当に聞いていなかったのかよ…お父さんショック…」
「す、すいません。なんか、全部よく覚えていなくて…」
史人が帰っただけでこの豹変。なにか、恐ろしい物の一端を見た気がして少しだけ顔を引き攣らせる大井だが、すぐに気を取り直す。
「まぁいいさ。要は、魔術師として俺の教えを受けるかってことだ」
「………ありましたね、そんな話」
「少し思い出してくれてなによりだ。真面目な話、お前には才能がある。魔術師として高みに到れる才能が」
「…………」
「……史人が死ぬ気で強くなろうとしているのはお前の為だ。それは、そこに転がる史人を見ればわかるだろ?」
「…お兄ちゃんにそんな事求めてないんだけどな…ただ一緒にいてくれるだけで…」
「そうかもな。でも、ここはそんな事さえ難しい場所だ。それはわかるだろ?」
「そう…ですね」
「だから、史人が擦れて擦り切れる前にお前が兄を支えるんだ。兄に無理させないように、強くなる。この理屈はわかるだろ?それとも、お前は戦える力があるのに全てを兄に依存するのか?」
少し厳しい言い方になった。だが、気の強い美紗希にはこのくらいの方が効く。
「冗談…そんなわけないでしょ。私は償わなきゃならないの。お兄ちゃんが苦しんでいる時に…何も出来なかった償いを。お兄ちゃんが現実から逃避するまで追い詰めてしまった愚かな私を。あれだけ、大好きで愛していたのに、夢で呟いた寝言まで完璧に覚えているのに!それなのに、我が身可愛さで無視してた。そっちの方がお兄ちゃんの心が安らぐと勝手に勘違いして!今度こそ…お兄ちゃんが嫌がっても…隣にいるの。その為の努力の全ては惜しまないわ。教えて下さい、お父さん」
不敵な笑みで、決意を固めた美紗希の覚悟を受け取る。史人達の過去の事は詳しくは分からない。が、この覚悟は本物だ。それだけ分かれば充分。
「…いい覚悟だ。それに……ずるいねぇ…女ってのは男の琴線に触れる事をここぞって時にしてくる…」
「だって可愛い娘には全力で教えるでしょ?父親は」
あくまでも美紗希にとっての優先順位は兄の史人が一番だ。それを支える為に必要な努力は全て惜しまない。ならば、大井を父とと思い教えを乞うなど造作もない。
時に女性は男性より遥かに効率主義になる。今まで大切にしていたものを捨てて、次のステップに軽々と飛び乗るのだ。それは、まるで蛹から蝶に変えるように優雅に、美しく。
「…いいねぇ…血が滾るよ…お父さん」
それは、見る者をどうしようもなく熱くする。最近この感覚をよく味わう。前は史人が初めて錆びた刀を出したのを見た時。兄妹共々大井を決して飽きさせはしない。
「ん…目が覚めた?」
意識が覚醒したのは、取り替えられた額の布地の温度差だろうか。ちょうど気持ちいい暖かさが身体をリラックスさせる。
「あ、あぁ。今何時?」
「昼の3時。まだ寝ていた方がいい。仕事があるから」
「……仕事?」
そう言えばうちの収入源は一体なんなんだろう。魔術師というよく分からない存在は一体どんな職業を…。要人暗殺だろうか…それとも非合法的な…薬の販売?なんて失礼な事を考えている史人。
「……なんか変な事を考えてる…」
「いや、ハハ…カンガエテナイヨ?」
むーっと、不服そう史人を睨む青葉。それに目を逸らして居心地悪そうにする史人。
「……仕事は夜の八時からだ。昨日は休みだったが今日からお前らも参加してもらうぞ。まぁ、お前の予想に遠からずってところかね」
予想に遠からずというのは非合法的ななにかという事には違いが無いらしい。少し恐ろしい気もするが、ここまで来たら何が来ても驚かない気がする。
「美紗希は?」
「ずっと、看病してた。だからいま、私が寝かせた」
仕事があるから。美紗希も参加するらしい。どんな業務か聞きたいが眠そうに目を擦る青葉を見てやめた。
「ありがとうな。もう大丈夫だから、青葉姉さんも寝たら?」
「……ん。そうする」
仕切りのカーテンを潜って女子部屋の方に進み、モゾモゾと布団に潜り込んでいく。昼間に寝て、夜が本番。一体どんな仕事なのだろうか。そんな事を考えながらまた意識は落ちていった。
「…お、起きたか。早く準備しろ…ってもパーカー着れば済むか」
目が覚めて、1番初めに目に飛びんで来たのは大井武蔵のキメた髪型とビシッと決まった黒いスーツ。
青葉と美紗希はパーカーを羽織り、準備を終えていた。寝覚めはいい方の史人はすぐに起き上がりパーカーを羽織る。寝過ぎなくらい寝たので目は非常に冴えていた。昨日負った傷も完全に塞がっている。万全の状態で向かう先は。
「夜の大人の街だ。行くぞ、警察も簡単には手を出せない歓楽通りにな」
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