第4話、大蜘蛛戦1
異常個体とは、ダンジョンで時たま発生する、周囲のものよりも明らかに強さが違うモンスターを指す。
大抵は層の変わり目などに迷い込んで奥まで進んだモンスターだ。
だが、時折本当にどこで発生したのか分からないほどの強さを持つモンスターが現れることがある。
残念なことに、聡の前に現れたのは後者だった。
まず聡は距離を取って周囲の様子を伺う。
真っ先に目を引くのは壁や天井に掛けられた幾つもの巣だ。
巣の上には糸の塊のようなものが置かれている。
強度にもよるが、引っかかる可能性を考えると大きく動く回避は難しいだろう。
大蜘蛛は8つの目でこちらをじっと見つめてくる。
聡は目をそらさないまま、足元にあった巣を攻撃してみる。
隙を生まないよう少し力を抑えて戦槌を振るう。棘を押しこまれた巣は1秒ほどの抵抗の後破れ、糸の塊からは煙が漏れた。
巣への攻撃は時間を取られて隙を晒してしまうと見て良いだろう。
「ギィィィ————————!」
大蜘蛛が耳を引き裂くような叫び声を上げる。
「怒らせたか。一か八か逃げておけば良かった」
大蜘蛛が口を開く。何かが発射される。
聡は避けられなかった。
咄嗟に両手と武器で頭を庇う。左肘のプロテクターに何かが当たり、その後引き寄せられる感覚。
見ると大蜘蛛の口と身体が太い糸で繋がっている。
引き寄せる力はどんどん強くなり、全力で抵抗しても身体が引きずられる程になる。
急いで肘のプロテクターを外す。
幸いにも糸が身体から剥がれる。
外したプロテクターは大蜘蛛の口へと吸い込まれ、咀嚼と同時に粉々になるのが見えた。
糸に引きずられた結果、かなり大蜘蛛に近づいてしまった。
まだ近接攻撃は当たらない距離だが、巣が張られているエリアど真ん中に取り残されていた。
「糸吐きには警戒だな」
自分に言い聞かせるようにして呟く。
今は相手だけが遠距離攻撃を持っている状況だ。
何とかして近距離戦に持ち込まないと勝機はない。
そう思い一歩を踏み出そうとした時、背後から糸が千切れるような音が聞こえた。
続いて大蜘蛛の声に似た鳴き声。
首だけで振り返ってみると、巣の上にあった糸の塊から子蜘蛛が出てきた所だった。
後ろから大蜘蛛の口が開く音。聡は咄嗟に地面を転がる。上からヒュンと糸が通過する音。
立ち上がろうとするが、右足が巣に引っかかる。
「不味い」
大蜘蛛の方を見る。別の巣で口との射線が途切れている。だがいつ近づいてきてもおかしくない。
子蜘蛛の方を見る。あと一歩の距離まで近づいている。
聡は焦る。だが敵は待ってはくれない。
聡は子蜘蛛への対処よりも巣への対処を優先した。
動けなければ次の大蜘蛛の攻撃に対処できないからだ。
足を捉える巣に戦槌の棘を突き立てる。子蜘蛛の牙が背中に突き立てられる。
巣が千切れる。大蜘蛛が8本の足で胴体を持ち上げ、射線を通そうとする。防刃作業服に穴が空き、子蜘蛛の牙が肌へと突き刺さる。鋭い痛み。
聡は立ち上がり、背中の子蜘蛛を壁に擦り付ける。
落ちてきた子蜘蛛を戦槌で壁に叩き付け、煙に変える。
煙の向こうから大蜘蛛の糸が撃ち込まれる。そこに聡は居らず、糸は空を切った。
煙に紛れ離脱した聡は巣に気をつけながら後ろへ下がろうとする。
大蜘蛛は潰された子蜘蛛を見て、体を震わせていた。悲しんでいるようにも見えた。
短い鳴き声の後、体を持ち上げるために伸ばしていた足をたわめる。
跳んだ。着地点には聡。聡は体を横に投げ出す。
間一髪で巨体を避ける。着地した大蜘蛛の脚が聡を貫かんと突き出される。
聡は膝をついたまま向かってきた脚を抱え込む。もう片方の手で戦槌を振り下ろす。命中。脚の関節がひしゃげる。
大蜘蛛が残りの脚でこちらに向き直ろうとする。聡も後ろへ回り込もうと動く。
数秒間のいたちごっこ。脚を1本潰したとはいえ、大蜘蛛が回る速度のほうが速い。
らちが明かないと思った聡は覚悟を決め、立ち止まった。
両手で戦槌を握りしめ、タイミングを見計らって横に振り抜いた。
振り向いた大蜘蛛の顔に槌がめり込み、大きく歪む。
肉を潰す感覚が手に伝わる。
だが致命傷ではない。
聡は追撃しようともう一度戦槌を振りかざすが、大蜘蛛は素早く後ずさり、聡の攻撃範囲から離れる。
そして、壊れかかった口から不快な鳴き声を上げた。
先程の叫びより小さかったが、複雑な音だった。
あちこちから糸の千切れる音が聞こえてくる。
その音を聞くやいなや、聡は大蜘蛛に背を向け全力で駆けた。
巣の上の繭が一斉に孵化した。
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