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第40話、3層中部

 聡たちが進むにつれ、空間は広がってゆく。

 左右の壁も天井も見えなくなり、広大な空間だけが残る。

 前後左右に見えるのは闇だけ。

 天井は微かに聡たちの持つ明かりを反射しているが、星明かり程度の明るさしかない。

 唯一見える床も魔石でできており、聡たちは虚無の中に立っているような感覚を覚えた。

 

「舞さん、撤退しましょう。こんな目印のない空間にいたらすぐ遭難します」

「目印が無ければ作ればいいの。月野さん、粘着糸を出せる?」

「その手がありましたか。

 糸は切れるまでは消えないので目印として十分使えそうですね。

 でも僕は戦闘に参加できなくなりますが大丈夫ですか?」

「どうしようもないわ。でも前に見せてくれた投擲でフォローできるでしょう?」

「あまり連続して使えないんですよね。

 魔力吸入器があっても5発が限度です」

「それくらいなら十分だわ。最初は壁伝いに行きましょう」


 聡たちは粘着糸と左側の壁を道標にしながら闇の中を進む。

「3時間進んで何もなかったら撤退しましょう。

 帰り道の戦闘を想定するならそれくらいが限度でしょう」

「分かったわ。時間になったら教えてくれる?」

「そうしましょう」


 聡たちが進んでいくとおかしなものを見つけた。

 何もない床に影だけがあった。

 その影は周囲の闇に溶け込むような見た目で、逆魔力探知がなければ聡も気が付かなかっただろう。

 

「舞さん、右側、2時の方角に影があるのが見えますか?」

「影?……見つけたわ」

「モンスターかもしれません、慎重に調査をお願いできますか?」

「いいわ、やりましょう」

 

 舞は鞘からロングソードを抜き、左手に氷の大盾を展開して影へと慎重に進んだ。

 影は舞が近づくと一度震えた後、舞に向かってゆっくり歩き出した。

 その影のシルエットは猫に似ていた。


 猫は舞の上半身に向けて飛びかかる。だが、見えるのは影だけ。

 舞の腰の明かりからできる影は舞から離れる方向へ向かい、闇に吸い込まれる。

 だから舞は対処できなかった。

 猫の攻撃が舞の鎧に当たり、金属音が響く。

 舞は衝撃を受けた場所の周囲を凍らせた。

 即席の鎧を作ると同時に張り付いたモンスターを凍らせるためだ。


 偶然にも猫は組み付かず、一撃を入れた後、舞のそばを離れていた。

 舞と猫が睨み合う。

「舞さん、明かりを消してください。

 僕の方から照らして動きを分かりやすくします」

「良いアイデアね」

 舞は明かりを消し、聡は自分の明かりを舞と猫へ向けた。


 すると、猫が聡の方へ歩き出した。

 それは次第に早足になり、駆け足になる。

「光を追ってくるのか」

 それが分かったところで、明かりを消すことはできない。

 完全に周囲を見失って戦うどころではなくなってしまうからだ。

 聡は小回りを重視してナイフを抜き、いつでも回避できる姿勢を取る。


 猫が聡に近づき、跳んだ。

 影は再び闇の中へ吸い込まれる。

 聡はナイフを握った右手を除く全身から、出来るだけ広い角度で放射状に粘着糸を放出する。

 放出された糸が猫に当たり、空中に輪郭を浮かび上がらせる。

 聡はそこをナイフで突いた。


 空中の輪郭に当たったナイフは、肉を突き刺す手応えを返す。

 それと同時に、猫を突き飛ばす感覚が伝わってくる。

 攻撃は当たったが致命傷ではない状態だろう。

 突き飛ばされた猫が再び地面に影を作る。


 その時、暗闇から飛び出した舞がロングソードを猫に突き立てる。

 そのまま凍らせ、猫を煙に変えた。


「こっちが戦うって決めてたのに戦わせてごめん。

 粘着糸はまだ繋がってる?」

「糸はまだ繋がってます。

 戦闘に関してはしょうがないと思いましょう。

 さっきの猫は光に反応するようなので、僕は明かりを消しておきます」

「分かった。こっちはつけておくわ」


 聡たちは暗闇を進む。そして探索開始から2時間ほど経った頃、壁に洞窟を見つけた。

 その洞窟を覗き込んでみると、奥から僅かに光が漏れ出しているのが見えた。


「……なんだか呆気なく深部への道見つかったわね」

「良かったと思いましょう。2層深部みたいなパターンだった場合、目印のないここだと一生見つからない可能性もありますから」

「そうしましょう」

 

 あと1時間で撤退時間だったこと、暗闇での精神的疲労、3層中部は情報の少ない場所であることを考え、この日は帰ることにした。

 聡たちは来た道を引き返し、ダンジョンの外に出た。


「月野さん、お疲れ様。

 今日の探索は長かったから、しっかり休んでね」

「お気遣いありがとうございます。

 舞さんもお疲れ様でした」


 聡は帰路につき、今日の探索を振り返る。

 真っ暗な空間を進むときの精神的ストレスや暗所での戦闘の難しさが聡の頭をよぎる。

 しかし、1番の問題は別にある。物理的な距離だ。

 

 3層中部から深部へ到達するまでに2時間、そこまでの道中を考えれば3時間程度かかる。

 往復ならさらに倍だ。

 これ以上探索が長引くなら、泊まりがけでの日程を組むことを視野に入れなければならない。

 食料などの荷物も増えるはずだ。


 聡はそのことを舞に相談しようと思いながら眠りについた。

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