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第1話、真の探索の始まり

 「喉が渇いた」

 借金を返済し終わった次の日一番に思ったことがそれかと自分で笑ってしまいそうになる。

 昨日は何も飲み食いせずに寝た上、昼過ぎまで爆睡したのだから当然のことだった。

 

 とにかく喉を潤すためキッチンの冷蔵庫を開けるが生憎と飲料類を切らしていた。

 水道栓を捻っても水が出ない。

 机の上を見ると工事による地域断水のお知らせチラシがあった。日付は今日この時間。

 聡は軽く悪態をつきながら自分の部屋に戻り探索リュックから水の入ったペットボトルを出して飲んだ。

 ぬるい水も乾いた喉には十分美味しく感じた。


 水を飲み干し、ひと呼吸おいて落ち着いた頭に小さな後悔が浮かぶ。

 「生活魔法で水を出せばよかった」

 長い倹約生活から来る貧乏性の影響だった。


 ダンジョンで祝福を得た人間にはスキルが発現することがある。

 手段は2つ。モンスターを倒す中で自然と覚えるか、ドロップ品を使うかだ。

 生活魔法スキルはドロップ品から得たものだ。それは聡が最初に得たスキルと関係がある。


 聡は最初に得たスキルについて思い出していた。

 過去の思い出に浸る。

 以前ならば考えられないことだったが、借金を完済して出来た心の余裕のおかげで無駄な時間を使うことへの抵抗は薄れつつあった。

 

 スキルは大抵、得た瞬間から使い方が分かるので特定に大した手間は掛からない。

 ただし、自動で発動するスキルは本人にも効果が分からないことがある。

 それを検証するために協会へスキル鑑定を依頼した。

 生活魔法スキルは鑑定に必要との理由で安く買い取った。今思えば在庫処分のようなものだったのかもしれない。

 

 「魔力吸収」

 それがスキルに付けられた名前だった。

 周囲の魔力を吸収し、継続して魔力を回復することができる。

 魔力濃度が高いほど回復速度が上がるが、そんな環境はダンジョンの奥。

 浅部でしか活動しない聡にとっては宝の持ち腐れだった。

 だからスキルの存在も忘れかけていた。


 戦闘に役立たないスキルを切り捨て、戦槌一本でモンスターを狩る日々。

 いつの間にか作業と化した戦闘。

 完済した借金。残り少ない口座残高。

 そこまで考えた聡は明日からの生活について考えようとする。視界に違和感。

 

 ふと、ペットボトルと一緒に入っていた固形携行食の賞味期限が目に入った。

「3ヶ月も過ぎてる?」

 ペットボトルの賞味期限も確認する。

「こっちはあと半年」

 ネットで調べたところ携行食の賞味期限は3ヶ月、水の賞味期限は1年ほどだと分かった。

 

 つまりこれらは半年以上前に買ったことになる。

「じゃあ半年間ダンジョン内で飲まず食わずだったってことか……?」

 水に関しては生活魔法があるので買わなくても大丈夫だ。だが食料は違う。

 聡はパフォーマンスの低下とそこからくる負傷を防ぐため、ダンジョン内では空腹を覚えたらすぐ飲み食いすることをルールにしてきた。

 だが記憶を思い返しても数カ月間は携行食を買った覚えはない。

 ただダンジョンでの行動に慣れただけかと思って無視していたが、冷静に考えると誰の目にもおかしいと分かる。

 

 頭の中の常識が崩れていく音がする。体に鳥肌が立つ。

「どうなってるんだ……」

 家計簿を読み返し、レシート入れをひっくり返す。

 何とか状況を否定する材料を探そうとしたが、何も見つからなかった。

 

 原因があるとすれば、ダンジョンしかなかった。

 驚きと恐怖ですっかり冴えた聡の脳は久々に高速回転し始めた。

 ダンジョンに潜り始めてからのことを思い出す。

 初めての戦闘。魔力吸収スキル。家とダンジョンとスーパーの往復生活。呪いと祝福。

 

 ドロップ品の食料は一般販売されている。

 最低でも高級ブランド肉の2〜3倍程度の値段だ。

 だから呪いの衰弱が始まってから買おうと思っていた。

 しかし今までにドロップ品の食料を買ったことも食べたことも無い。

 それでも体調に大きな変化はない。

 いまのレベルなら確実に死んでいるはずなのに。


「思い当たるのは魔力吸収スキルだけ」

 魔力吸収スキルは魔力をスキルを使うエネルギーとしてだけでなく、生命エネルギーとしても吸収している。

 そう考えるのが妥当だった。仮説を立てたら、あとは確認するだけ。

 聡は何かに突き動かされたかのように朝食も取らずダンジョンに向かった。

 念のため、途中で水と携行食を購入する。


 計画はこうだ。ダンジョンに入る。12時間、もしくは空腹感が無くなるまで入り口付近で待機する。6時間狩りをする。

 ダンジョンの入り口付近だけは協会が安全を確保しているので何時間でも無理なく過ごせる。

 最初の12時間で空腹感が無くなればダンジョン自体からエネルギーを吸収しているかどうか確認できる。

 後の狩りでは生活費を稼げる。

 もともと生活費稼ぎのために何度かダンジョンに潜ろうと思っていた聡には、スキル検証と生活費稼ぎを同時にできる良い案のように思えた。


 ダンジョンに入る。座り込んで体の内側へ意識を向ける。

 腹が満ちるのではなく、空腹感そのものが無くなっていく感覚。

 魔法を使った後の魔力が回復していく感覚とも違う、初めて感じるものだった。

 空腹感が完全になくなる。時計を見る。10分しか経っていなかった。

 前日の夕食と朝食を抜いてきた体に、かすかにエネルギーが満ちるのを感じる。

「やっぱり信じられない……」

 

 座り込んで3時間ほど体の感覚を確かめたが、それ以外の変化は感じられなかった。

 それが瞑想のような効果をもたらしたのかはわからないが、発見直後にあった恐怖や驚きといった感情は鳴りを潜め、心は落ち着きを取り戻しつつあった。

 代わりに自分でも正体のわからない感情が湧き上がる。いてもたってもいられなくなる。

 体を動かしながら考えようと思い立ち、そのまま狩りに出る。


 モンスターを探しながら考える。

 ダンジョン内限定とはいえ、世界で最初に飢えを克服した人間になったこと自体は大きな衝撃を与えなかった。

 冷静に考えれば、ダンジョンを探索しなくともこの能力は有効に使える。

 例えば、ダンジョン近くに居を構え朝晩10分ずつダンジョンに入って空腹を解消する生活をすれば一生食費を浮かせられる。

 だが、そうする気にはなれなかった。

 むしろ自分の体に起こった変化それ自体が聡の興味を掻き立てた。

 ただ、自分の体を作り替えたものが何か知りたかった。

 

 疑問が浮かぶ。「ダンジョンって一体何なんだ?人間に何をしたいんだ?」

 その疑問は狩りを終えても、寝ても覚めても聡の頭の中を離れなかった。

 むしろ時間が経つほどにダンジョンに対しての興味は膨らんでいった。

 借金を完済したことで心に空いた穴を、何かが埋め始めている気がした。


 それからの聡は、しばらく引きこもり同然の生活をした。

 外出は必要最低限、残りの時間はPCに齧りつきダンジョンについて調べ続けた。

 ダンジョン協会の公式サイト、素材の販売店、大学や研究所の研究結果、個人の考察ページ、ネット掲示板まで読み込んだ。

 そのどれもが不明という返答もしくは推測しか返さなかった。


 口座の残額がまた底をつきかけたころ、聡はある考えに辿り着いた。

 「答えがないなら自分で探すしかない」

 借金はもう無い。ダンジョンに固執する理由もない。命を危険に晒す必要なんてない。それでも。

 「ダンジョンが何なのか、知りたい」

 新たに1人、利益度外視の探索者が誕生した。

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