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EP 9

ピザによる平和条約

 カイト農場の前庭は、さながら巨大なガーデンパーティー会場と化していた。

 数分前まで殺気を放っていた聖教国の騎士団(500名)は、今は全員が地面に車座になり、ジャージ姿でピザを頬張っている。

「う、うめぇ……! なんだこの生地のモチモチ感は!」

「チーズが……俺の知ってるチーズじゃない! 濃厚なのにしつこくない!」

「ママ……俺、天国に来たみたいだ……」

 あちこちで感涙にむせぶ声が聞こえる。

 彼らは教会騎士として清貧を強いられ、普段は硬いパンと薄いスープしか口にしていない。

 そんな彼らにとって、カイトの作った「究極のマルゲリータ(神話級素材入り)」は、まさに劇薬。

 一口食べただけで、信仰の対象が「遠くの神」から「目の前のピザ」へと書き換わってしまったのだ。

 †

 その輪の中心で、勇者カイルもまた、震える手でピザを握りしめていた。

「くっ……! 毒だ……これは毒に違いない……!」

 彼はまだ負けを認めたくなかった。

 だが、本能が理性を凌駕する。彼はピザを口に運んだ。

 ガブッ、ジュワッ。

「――ッ!!」

 カイルの瞳孔が開いた。

 口いっぱいに広がるトマトの酸味と甘味。それがチーズの塩気と混ざり合い、バジルの香りが鼻を抜ける。

 そして何より、噛みしめるたびに溢れ出す「生命力マナ」。

「う、美味すぎる……! なんだこれは……!」

 カイルは涙を流しながら、夢中でピザを貪った。

 すると、背中の聖剣『雷霆らいてい』が、カタカタと小さく震え出した。

 『(……おい、小僧。貴様だけいい思いをする気か?)』

 雷霆の意思が脳内に響く。

「えっ? お前、食うのか?」

 『(我は神造兵装だ。食事はせぬ。だが……そのピザから漂う「カイト」の魔力。それを少し分けろ)』

 カイルがピザの耳を鞘の鯉口こいぐちに近づけると、雷霆は微弱な電流を放ち、ピザの湯気(魔力)を嬉しそうに吸収した。

 『(……うむ。悪くない。このエネルギー、満タンだ)』

 雷霆が満足げに振動する。

 カイルはガックリと項垂れた。

 俺の時はうんともすんとも言わなかったくせに、ピザの湯気一つでデレやがった。

 完敗だ。剣も、胃袋も。

 †

 一方、スッピンにされた聖女アリアも、おそるおそるピザを口にしていた。

「……信じられませんわ」

 彼女は自分の頬に手を当てた。

「一口食べただけで、肌にハリが戻ってきましたわ……。いいえ、化粧で誤魔化していた時よりも、内側から輝いているような……」

 ルナが作ったトマトと、ヴァルキュリアのバジル。

 それらが持つ「美容効果」は、聖教国の高級化粧品など比較にならない。

「これが、本物の『美』……。わたくし、今まで何をこだわっていたのでしょう」

 アリアは憑き物が落ちたような顔で、二枚目のピザに手を伸ばした。

 その顔はスッピンだったが、以前の高慢な厚化粧よりも、ずっと美しく見えた。

 †

 そして、枢機卿ボルジア。

 彼は龍魔呂に恫喝され、カイトに餌付けされ、今は放心状態で空を見上げていた。

「負けた……。完全に負けた……」

 武力でも、魔法でも、そして「食」でも。

 この農場は、あらゆる面で聖教国を凌駕している。

 いや、そもそも勝負にすらなっていなかった。彼らにとって自分たちは、ただの「腹を空かせた観光客」でしかなかったのだ。

「あの農夫カイト……。彼こそが、真の預言者なのかもしれん」

 ボルジアは立ち上がり、ふらふらとカイトの元へ歩み寄った。

 そして、その場に膝をつき、深々と頭を下げた。

「……申し訳ございませんでした」

「えっ? どうしたんですか、お爺ちゃん」

 カイトが驚いてピザカッターを止める。

 ボルジアは涙ながらに懺悔した。

「我々は、貴方様の偉大さを理解せず、無礼な振る舞いをしました。……このピザの味、まさに神の御業。こここそが、地上に残された最後の『聖地サンクチュアリ』でございます!」

 ボルジアの声に、騎士たちも一斉にひれ伏した。

「聖地アナステシア! 万歳!」

「カイト様万歳! ピザ万歳!」

 ジャージ姿の男たちが一斉に崇める光景。異様である。

 だが、カイトのポジティブ翻訳機は、これをこう解釈した。

(なるほど……。みんな、この農場のサービスに感動してくれたんだな! 『聖地』っていうのは、最近流行りの『聖地巡礼(アニメやドラマの舞台)』みたいな意味で、最高評価ってことか!)

「ありがとうございます! そんなに気に入ってもらえて嬉しいです!」

 カイトは満面の笑みでボルジアの手を握った。

「いつでも来てくださいね! 次は新作の『テリヤキチキンピザ』を用意しておきますから!」

「おぉ……! なんと慈悲深い……!」

 ボルジアは感涙した。

 侵略者である自分たちを許し、さらなる饗応きょうおうを約束してくれるとは。

「誓います! これより我が聖教国ルミナリスは、この農場を『絶対不可侵の聖地』と認定し、全力で布教……いえ、宣伝させていただきます!」

「はい! 口コミ、よろしくお願いしますね!」

 こうして、歴史的な和解(?)が成立した。

 数時間後。

 聖騎士団は、ルチアナの魔法が解けないまま、「えんじ色の芋ジャージ」姿で整列し、帰路についた。

 彼らの背中には「ANASTASIA FARM」というロゴが魔法で刻まれており、歩く広告塔と化していた。

 去り際、勇者カイルはカイトに振り返り、少し照れくさそうに言った。

「……また来る。今度は、客としてな」

「うん、待ってるよ!」

 雷霆も鞘の中で『(またな、主よ)』と小さく紫電を放った。

 †

 嵐が去った農場。

 カイトは空になったピザ窯を見ながら、満足げに呟いた。

「いやあ、賑やかな一日だったなぁ。ピザも好評だったし、頑張って窯を作った甲斐があったよ」

 その横で、神々や魔王たちは顔を見合わせて苦笑していた。

「……まさか、聖教国をピザ一枚で軍門に下すとはな」

「カイト様、恐ろしい子……!」

 平和は守られた。

 だが、カイト農場の名声(と勘違い)は、聖教国の布教活動によって、大陸全土へ爆発的に広がることになる。

 そして数日後。

 その名声を聞きつけた、大陸最高峰の学術機関から、一通の招待状が届くことになるのである。

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