EP 3
【落天】空から降ってきた胃痛のライオン(ガオン)
リーザが最終ダンジョン(サルバロスの胃袋)へ向かって数時間が経過した頃。
カイト農場は、いつものようにのどかな午後の空気に包まれていた。
「……はぁ。リーザちゃん、本当に大丈夫かな」
農民・カイトは、麦わら帽子を被り、自慢の『ひのきのクワ』で畑の土を耕しながらため息をついた。
止めたにも関わらず、金に目が眩んで飛び出していってしまった駄女神ならぬ駄人魚。しかし、彼女の「雑草とパンの耳だけで生き延びる」ゴキブリ並みの生命力を信じるしかない。
「今はとにかく、土をいじって気を紛らわそう。美味しい野菜を作って待ってれば、きっとお腹を空かせて帰ってくるよね」
カイトが鍬を振り下ろし、Sランクの特製肥料を土に混ぜ込もうとした、その時だった。
ピカァァァァァッ……!!!
突如、白昼の空が真昼の太陽を二つ並べたように眩く発光した。
「えっ!?」
カイトが空を見上げる。
ゴオォォォォォォォッ!!
大気を切り裂く轟音と共に、空から『黄金の彗星』のような巨大な物体が、カイト農場の裏庭(キャベツ畑のすぐ横)に向かって真っ逆さまに墜落してきたのだ。
「うわああああっ!?」
ズドゴォォォォォォォォンッ!!!!
凄まじい衝撃と土煙が舞い上がり、農場全体が地震のように大きく揺れた。
「ゲホッ、ゴホッ! な、なんだ!? 隕石!?」
カイトがクワを構えながら、土煙の上がるクレーターへと恐る恐る近づく。
煙が晴れた底に横たわっていたのは、隕石などではなかった。
「……嘘だろ。機械の……ライオン……?」
体長10メートルはあろうかという、黄金のたてがみを持つ巨大な『メカライオン』だった。
金属の装甲は至る所が剥がれ落ち、関節部からは黒い煙と火花が散っている。その威風堂々たるフォルムは、お伽話に出てくる「神の獣」そのものだ。
「ガハッ……ゴホッ……」
メカライオンの口から、重低音の苦しげな機械音声が漏れた。
「ひぃっ! 生きてる……というか稼働してる!?」
カイトは慌ててライオンの顔の前に回り込んだ。
「き、君、大丈夫!? 凄い傷と煙だけど……まさか、噂に聞く『最終ダンジョン』のモンスターにやられたのか!?」
ロボットアニメの第一話のような展開に、カイトの背筋に冷たい汗が伝う。
ついに、この平和な農場にも世界の危機が迫ってきたというのか。
メカライオン――創世の英雄にして、聖獣機神ガオガオンのメインコアである聖獣ガオンは、虚ろな目でカイトを見つめ、震える声で口を開いた。
「違う……。敵の攻撃などではない……」
「え?」
「……胃だ」
「……はい?」
ガオンは、巨大な前足で自分の胸部をギュッと押さえた。
「ストレスで……メインコアに『潰瘍』ができているのだ……。もう、穴が開く寸前だ……」
「ス、ストレス性の胃潰瘍!?」
カイトの口から素っ頓狂な声が漏れる。ロボットが言うセリフではない。
「聞いてくれ、心優しき人間よ……。我ら五体の聖獣は、世界を守るために心を一つにし、『聖獣合体』しなければならない……」
ガオンの目から、ウォッシャー液のようなオイルの涙がボロボロとこぼれ落ち始めた。
「だが、どうして心が一つになどなれようか! 右腕(青龍)と左腕(白虎)が、背中(朱雀)を巡ってドロドロの三角関係を展開しているのだぞ!? しかも朱雀の奴は、白虎に気を持たせながら、裏で青龍と寝ているんだ!!」
「えっ、あ、はい」
あまりに生々しい暴露に、カイトがドン引きする。
「それだけではない! 下半身(玄武)の奴は、朱雀が構ってくれないと『もういい! 玄武シールドでリストカットする! 私なんてただの土台だもん!』とメンヘラを起こして重力制御を暴走させる!! わかるか!? 下半身が重力異常を起こしたら、メインコアの私がどれだけバランスを取るのに苦労するか!!」
「あー……それは、すごく辛そうですね……」
「もう嫌だ! なぜ私がこんな奴らと精神を繋いで合体せねばならんのだ! 『星の王子様』を読んで純粋な心を取り戻そうとしたが、もう限界だ……!! 私は……私は職場(天界)から逃げてきたのだぁぁぁ!!」
ウワァァァァァン!!
体長10メートルの巨大メカライオンが、農場の土に突っ伏して、中間管理職のような号泣を始めた。
敵の猛攻でも、世界を滅ぼす魔力でもない。
黄金の聖獣をボロボロにし、墜落させた原因は『最悪の職場環境(ドロドロの社内恋愛)による精神的苦痛』だったのだ。
「……」
カイトは、手にした『ひのきのクワ』をそっと地面に置いた。
世界を守る神獣だろうがなんだろうが、目の前にいるのは「心身ともに疲れ果ててボロボロになった、哀れな迷い猫」である。
農民として、傷ついた生き物(?)を見捨てることなどできなかった。
「……よしよし。辛かったね、今までよく頑張ったよ」
カイトは、泥だらけの手で、ガオンの巨大な黄金の鼻面を優しく、本当に優しく撫でた。
「ガッ……?」
ガオンの泣き声が止まる。
カイトの手から伝わる、S級農民特有の『万物を慈しむ豊穣のオーラ』が、ガオンの荒れ狂っていた精神センサーに、春の陽だまりのような温もりをもたらしていた。
「とりあえず、ゆっくり休むといいよ。美味しいご飯と、極上の泥パックを用意してあげるからさ」
カイトは、傷ついたライオンに向かって、太陽のような笑顔を向けた。
この何気ないカイトの「農家の優しさ」が、後に『伝説の勇者(契約コマンダー)』としてガオンに狂信的なまでに懐かれるキッカケになるとは、この時のカイトは知る由もなかった。




