EP 2
【罠】魔人ギアンの招待状と、捕食される冒険者たち
「ひゃっはぁぁ! 本当に金銀財宝の山だぜ!」
「S級素材のオリハルコンが壁一面に! これで俺たちも億万長者だ!」
天魔窟の最深部、突如として姿を現した『最終ダンジョン』。
その広大な地下空間は、一攫千金を夢見て押し寄せた冒険者たちの熱狂と歓喜に包まれていた。
至る所に黄金が輝き、伝説の武具が無造作に転がっている。まさに夢のような光景だ。
しかし。
彼らは気づいていなかった。その空間の入り口が、巨大な『顎』のような形をしており、すでに退路が完全に塞がれていることに。
「……『生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ』。まあ、君たちの場合、選択肢は『死』しかないのだけれどね。クククッ」
高所の岩棚から、その様子を見下ろす影があった。
不気味な道化師の仮面を被り、身の丈を越える巨大な鎌を携えた男――死蟲軍指揮官、魔人ギアンである。
「さあ、見せておくれよ。極限の『群衆心理』が引き起こす、美しきパニックと絶望のダンスを!」
ギアンが道化師のように大げさに両腕を広げた瞬間。
壁一面に埋まっていたオリハルコンの鉱脈が、ボゴォッ! と内側から破裂した。
「な、なんだ!?」
冒険者たちが振り返る。
穴の中から無数に這い出してきたのは、金属的な光沢を放つ巨大な蟲の群れだった。
強力な酸を顎から滴らせる『死蟻型』の群生。そして、頭上からはマッハの速度で飛び回り、致死性の毒針をガトリング砲のように構えた『死蜂型』が急降下してくる。
「ヒィィッ! モンスターだ!!」
「逃げろ! 出口はどこだ!?」
「無駄だよ。ここは偉大なる死蟲王サルバロス様の『胃袋』。一度入った餌(魂)が逃げられるはずがない」
ギアンの指先から見えない極細の『死蟲糸』が放たれ、逃げ惑う冒険者たちの手足をマリオネットのように絡め取っていく。
「あ、あぐぁぁぁっ!?」
死蟲機たちに捕らえられた冒険者たちは、次々とその魂を搾り取られ、抜け殻のように崩れ落ちていく。
金銀財宝は、ただの「撒き餌」。ここは強欲な人間を集めて効率よく魂を収穫するための、巨大なプラントだったのだ。
「素晴らしい……! 恐怖に染まった魂の味は格別だ。私の『悪の教典』に新たな1ページが……ん?」
絶望のオーケストラを指揮していたギアンの動きが、ふと止まった。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化している広間の片隅で、ただ一人、パニックの輪から完全に外れている『異物』がいたからだ。
「……落ちてるものは拾う! これ、ポイ活の基本! はい金貨ゲット! おっと、こっちのミスリル鉱石も私のものよォォ!」
ボロボロの襤褸布を纏った少女――貧乏神のリーザが、背後に迫る死蟻型の酸の飛沫を紙一重で躱しながら(本人は気付いていない)、猛烈な勢いで地面の財宝を拾い集めていたのだ。
しかも、口には『パンの耳』を咥えたままである。
「な、なんだあの娘は……?」
ギアンの仮面の奥の目が、訝しげに細められる。
「これだけ集めれば、キャルルへの家賃も払えるし、カイトに特上肉を買わせることも……うふふふふ!」
リーザがヨダレを垂らしながら、両手に抱えきれないほどの金貨を持って笑っている。
「……貴様、死が恐ろしくないのか? 仲間たちが狩られているというのに、財宝に目が眩んで……」
ギアンが、不気味な声でリーザの背後に降り立ち、語りかけた。
「ああん? 死? それより『今月の家賃の支払い』の方がよっぽど恐ろしいわよ!!」
リーザが振り返りざまに怒鳴りつける。
その直後、リーザのお腹が『きゅるるるるるるっ!!』と雷鳴のように鳴り響いた。
「あっ……ヤバっ。パンの耳一枚じゃ、もう限界……」
リーザは極度の空腹と貧血により、そのまま白目を剥いて、パタリと地面に倒れ伏してしまった。
「…………」
ギアンは、巨大なデスサイズを振り上げたまま固まった。
「……なんだ、この圧倒的に『貧相』な魂は。絶望も恐怖もない、あるのは底なしの『食い意地』と『貧乏くささ』だけではないか」
ギアンは深いため息をつき、死蟻型に命令を下した。
「チッ、こんな不味そうな魂、サルバロス様に捧げられるか。……おい、そいつを『一番安い人質の部屋(地下牢)』にでも放り込んでおけ。後で他の者をおびき寄せるためのエサくらいにはなるだろう」
かくして、一攫千金を夢見て最終ダンジョンに突撃したリーザは、開始わずか数分で空腹により自滅し、ダンジョンの最下層へと引きずられていくのだった。
「むにゃ……カイト、おかわり……お肉大盛りで……」
気絶したままヨダレを垂らすリーザ。
最悪の絶望の罠は、一人の極貧アイドルの登場によって、早くも微妙にペースを崩され始めていた。




