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EP 9

【真理】カイトの農業愛と、勝者なき戦いの結末

「止めて、って言ってるんだ」

農民・カイトのその一言は、決して大きな声ではなかった。

しかし、その声は農場の土を伝い、風を伝い、騒乱の広場に冷水のような静寂をもたらした。

カイトの足元から波紋のように広がる、圧倒的な『大地のプレッシャー』。

それは、S級農民だけが放つことのできる、自然界の頂点たる威圧感だった。周囲の木々がカイトに同調するようにざわめき、空気がピンと張り詰める。

「……っ」

創造神のルチアナは、思わず息を呑み、魔導スマートフォンの配信ボタンをポチッと切った。

神である彼女ですら、今のカイトの目を見て「これ以上ふざけたらマジでヤバい」と本能で悟ったのだ。

「カ、カイト……ごめんなさい。ちょっと、バズったからって調子に乗りすぎたわ……」

ルチアナがスマホを隠し、気まずそうに視線を逸らす。

カイトは無言のまま、地面に転がり、泥にまみれた『Sランク・スターレモン』を一つ一つ拾い集めていく。

土を払い、自分の服の袖で丁寧に拭くその手つきは、我が子を愛慈しむように優しかった。

「……この『スターレモン』を一個作るのに、どれだけ手間がかかるか知ってる?」

カイトは、ポツリと語り始めた。

「土壌の魔力バランスを0.1パーセント単位で調整して、水やりは朝露が降りる一番冷たい時間帯に限定する。太陽の光を均等に当てるために、毎日一つ一つの果実の向きを変えて……害虫がつかないように、夜は徹夜で結界を張り続けたんだ」

その言葉に、火を吹いていた不死鳥のフレアも、白目を剥いていた魔王ラスティアも、ピタリと動きを止めた。

農場に居候し、毎日カイトの美味しいご飯をタダで食べている彼女たちだからこそ、彼がどれほど畑仕事に真剣に向き合っているかは知っているはずだった。

「僕の農業スキルは『魔法で一瞬で美味しくする』便利なチートじゃない。植物のポテンシャルを引き出すための、ただの『お手伝い』なんだよ」

カイトは、拾い集めたレモンを木箱にそっと戻した。

「みんなに『美味しい』って言ってほしくて、笑ってほしくて作ってるんだ。……こんな風に、無理やり口に押し込んで、のたうち回って、吐き出されるような『罰ゲームの道具』にするために作ったんじゃないよ」

静かだが、作物を愛する強い意志が込められたカイトの説教。

その言葉の重みに、広場にいた全員がシュンと首をうなだれた。

「……ごめんなさい、カイト。私、お友達(植物)の声より、お金に目が眩んでました……」

エルフのルナが、耳をペタンと伏せて謝る。

「私としたことが……金貨100枚につられて、カイトの愛を踏みにじるような真似を……」

ラスティアも、ススだらけの顔で深く反省している。

「うぅぅ……。ごめんなさい……ごめんなさいカイトぉ……」

梅干しのように顔が縮んで気絶していた貧乏神のリーザも、いつの間にか復活し、ボロボロと涙をこぼしていた。

「……わかってくれたなら、いいんだ」

カイトはプレッシャーを解き、いつもの優しい、少し困ったような笑顔に戻った。

途端に、農場を包んでいた冷たい空気が、ふわりと温かい春風に変わる。

「でも……」

ルチアナが、山積みになったレモンを指差した。

「カイトの気持ちは痛いほどわかったけど、このレモン、事実として『罰ゲームレベルで酸っぱい』じゃない? 食べ物を粗末にはできないけど、この一万個の酸の塊、どうやって処理すればいいのよ……?」

その問いに、再び重い沈黙が落ちた。

そのまま食べるにはあまりにも凶暴な、Sランクの酸味。廃棄するわけにはいかないが、解決策が見つからない。

「……ふん。素人どもが」

その時、農場の裏口から、静かな足音と共に一つの人影が現れた。

「た、龍魔呂さん……!」

カイトが顔を上げる。

純白のコックコートを身に纏い、手には巨大な『すりこぎ』と『ボウル』を持った料理人・龍魔呂だった。

彼は呆れたようにため息をつき、口元のマルボロを携帯灰皿に揉み消した。

「食材の個性が強すぎるなら、それを『調和』させるのが料理人の仕事だ。……カイトが丹精込めて作った極上の果実を、ただの『酸っぱいゴミ』で終わらせるわけがないだろう」

龍魔呂は、山積みのスターレモンを前に、不敵な笑みを浮かべた。

「酸っぱすぎるなら……極限まで『甘く』してやるだけだ」

異世界最高の農民が育てた究極の酸味。

それを、東京・銀座で腕を磨いた鬼神の料理人が『至高の一杯』へと昇華させる。

第一回レモン早食い選手権は、誰一人勝者のいないまま幕を閉じ、最高の「大団円」へと向かおうとしていた。

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