EP 5
【制裁】顔面ドロップキック! 宅配事業、即日倒産
「……社長? その背中に隠している箱、見せていただけますか?」
カイト農場のリビング。
音速の配達員・キャルルのウサ耳が、獲物を狙う猛禽類のようにピタッと前方へ倒れた。
彼女の目は完全に笑っていない。純粋無垢な恋する乙女の瞳は、今や「裏切り者を処刑する暗殺者」のそれに変わっていた。
「ひぃっ! い、いやよ! これは、その、極秘の企業秘密で……!」
貧乏神(社長)のリーザが、空っぽになった漆黒の重箱を必死に隠そうと後ずさる。
しかし、キャルルの『音速』から逃れられるはずがなかった。
シュバッ!!
「ああっ!?」
リーザが瞬きをした一瞬の隙に、キャルルは背後に回り込み、重箱を奪い取っていた。
そして、その重箱の蓋をパカッと開ける。
「……」
「……」
中にあるのは、ピカピカに舐め回されて鏡のようになった空箱だけだった。
「しゃちょぉぉぉ……?」
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
キャルルの全身から、ピンク色の闘気が、火山噴火のような勢いで立ち昇り始めた。
「こ、これは違うのよキャルル! 違うの! 私がちょっと目を離した隙に、その……妖精さん? 妖精さんが来て全部食べちゃったのよ! 私の口の周りについてるカレーのシミは、妖精さんがなすりつけたのォ!」
「妖精さんが、50万円の特注カレーを、ルーの一滴も残さず舐め回したとでも言うんですか……?」
キャルルの声が、地を這うように低くなる。
「カイトさんが倒れるまで泥だらけになって作った、最高の玉ねぎ……」
「ひぃぃ!」
「龍魔呂さんが、料理人としてのプライドを懸けて仕込んだ、極上のカレー……」
「ご、ごめんなさ……」
「そして……私の、私の愛の巣のための結婚資金をォォォォ!!」
キャルルの怒りが、ついに臨界点を突破した。
「よくも……よくも私とカイトさんの愛を食い物にしましたねぇぇ!! この強欲クソブラック社長ォォォォ!!!!」
「ぎゃあああああ!! キャルル、目が! 目がガチの殺し屋になってるゥゥ!!」
キャルルは重箱を放り投げると、音速を超える踏み込みで床を蹴った。
ドゴォォォォンッ!! とリビングの床板が爆発したかのように粉砕され、キャルルの体が空高く舞い上がる。
「カイトさんの無念! 龍魔呂さんの怒り! そして私の歩合(銀貨3枚)の恨み! とくと味わいなさい!!」
キャルルは空中で体をひねり、両足をピタリと揃えた。
その足先(鉄芯入り安全靴)に、すさまじいピンク色の雷光が収束していく。
「必殺! 『月影流・音速顔面ドロップキック』ゥゥゥ!!!!」
「ちょっ、待っ――」
ズガァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!
言い訳の言葉を放つ間もなく、音速の双発ミサイル(キャルルの両足)が、リーザの顔面にクリーンヒットした。
「アベッ!?」
凄まじい衝撃波がリビングを吹き荒れ、リーザの体は窓ガラスを突き破り、そのまま農場のはるか彼方の森まで、文字通り「星」となって飛んでいった。
キラーン……☆
◇
「……おい。上の騒ぎはなんだ」
地下の貯蔵庫からスパイスの瓶を抱えて戻ってきた龍魔呂は、リビングの惨状を見て足を止めた。
窓ガラスは粉々に砕け散り、床には巨大なクレーター。そして、金貨の山を前にして荒い息を吐くキャルルと、泥だらけで倒れているカイト。リーザの姿はない。
「……龍魔呂さん。申し訳ありません」
キャルルが、静かに頭を下げた。
「社長が、アビス公爵様の特注カレーをつまみ食いして……全部平らげました」
「……ほう」
龍魔呂の額に、ピキィッ!と青筋が浮かんだ。
料理人にとって、丹精込めた客への料理を身内につまみ食い(完食)されることほど万死に値する罪はない。
「社長は私が天の彼方へ蹴り飛ばしておきました。……ですが、アビス公爵様への配達時間が……」
その時だった。
粉々になった窓の外から、漆黒のコウモリの群れが飛び込んできて、一人のタキシード姿の悪魔へと姿を変えた。
「失礼する。我が主、アビス公爵からの遣いである。……特注カレーの到着が遅いが、どうなっている?」
使い魔の悪魔が、冷ややかな視線で店内を見渡した。
「……あ」
キャルルが顔面を蒼白にする。
「……申し訳ない。こちらの不手際で、特注品は『廃棄(リーザの胃袋へ)』となってしまった」
龍魔呂が、静かに、しかし威厳を持って使い魔に向き合った。
「なんだと!? 我が主を待たせた挙句、廃棄だと!? このような侮辱、天魔窟の筆頭貴族に対してタダで済むと思っているのか!」
使い魔が激怒して牙を剥く。
「……弁償しよう」
龍魔呂は、テーブルの上に築かれた『金貨の山(リーザの全財産)』を指差した。
「そこにある金、すべて慰謝料として持って行け」
「えっ」
キャルルが絶句する。
「……ふん。我が主の怒りは金貨の山程度では収まらんが……今回はこの金で手を打とう。二度と『マッハ・ウーバー』などと名乗るな」
使い魔の悪魔は、魔法の袋に金貨の山をすべて吸い込むと、再びコウモリの群れとなって飛び去っていった。
「ああ……私たちの、愛の巣の資金が……」
キャルルが、空っぽになったテーブルを見てへたり込む。
「うぅーん……。僕、もう玉ねぎ見たくない……」
気絶していたカイトが、ピクピクと痙攣しながら寝言を呟いた。
こうして。
天魔窟のVIPたちを虜にした闇のデリバリー『マッハ・ウーバー』は。
強欲社長のつまみ食いと、それに伴う巨額の損害賠償によって、サービス開始からわずか数日で「即日倒産」という伝説を残し、幕を閉じたのであった。




