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EP 4

【誘惑】リーザのつまみ食いと、破滅へのカウントダウン

「ふははははは! 儲かる! 息をしてるだけで金貨がジャンジャン増えていくわァ!」

カイト農場、リビング。

テーブルの上に築かれた金貨の山を前に、貧乏神(社長)のリーザは、札束風呂に浸かる成金のような下品な笑い声を上げていた。

『マッハ・ウーバー』のサービス開始から数日。

天魔窟のVIPたちは完全に「Sランク玉ねぎ丸ごとカレー」のジャンキーとなり、注文は秒単位で殺到し続けている。

「ひぃ、ふぅ……。もう限界だよぉ……」

ドサァッ!

泥だらけの農民・カイトが、カゴいっぱいの『パール・オニオン』を床にぶちまけ、そのまま力尽きて倒れ込んだ。

「玉ねぎ……全部引っこ抜いた……。僕の魔力(MP)も、もうすっからかんだよ……」

「何言ってんのよ無料タマネギ供給機カイト! ほら、マナ回復ポーション飲んで、次の畑の種まきしてきなさい! 時間はゴールドなのよ!」

リーザが冷酷な社長の顔でカイトの背中を蹴っ飛ばす。ブラック企業の鑑である。

「……おい、リーザ。これが今日の『特別注文スペシャルオーダー』だ」

厨房から、顔を汗で光らせた料理人の龍魔呂が、一つの豪奢な漆黒の重箱を持って出てきた。

「おおっ! 天魔窟の筆頭貴族、アビス公爵からの特注品ね! お代はなんと金貨50枚(約50万円)!」

リーザが目を輝かせる。

「ああ。カイトの玉ねぎの中でも一際巨大な特級品を使い、Sランク魔牛のホホ肉と、世界樹の蜜を隠し味に加えた『プレミアム玉ねぎ丸ごとカレー』だ。……香りが飛ぶ前に、キャルルに届けさせろ。俺は地下の貯蔵庫にスパイスを取りに行ってくる」

龍魔呂は重箱をテーブルに置くと、疲れた様子で厨房の奥へと消えていった。

そして、配達員のキャルルは現在、別の配達で天魔窟へ出向いており、不在。

つまり、今のリビングには。

金貨の山と、疲労で気絶しているカイトと、リーザ。

そして、**『出来立てアツアツのプレミアムカレー(50万円相当)』**だけが残された。

「……」

リーザは、漆黒の重箱を見つめた。

重箱の隙間から、フワリと白い湯気が漏れ出ている。

(……ぐきゅるるるるるるるるっ!!)

突如、リーザのお腹が、雷鳴のような凄まじい音を立てて鳴った。

「はっ……! そ、そういえば……」

リーザはハッとして自分の腹を押さえた。

「私、社長業(売上金の計算)に忙しすぎて、今日の朝から何も食べてないじゃない……!!」

貧乏神の特性ゆえか、彼女の胃袋は常に飢餓状態に近い。

そこにきて、目の前にあるのは「異世界最高の料理人が、チート農民の最高傑作を使って作った、50万円のカレー」である。

暴力的なスパイスの香りと、世界樹の蜜が焦げたような芳醇な甘い匂いが、リーザの鼻腔を容赦なくレイプする。

「だ、だめよリーザ! これはアビス公爵様の特注品! これを無事に届ければ、また私の財産が増えるのよ!」

リーザは必死に首を振った。

しかし。

『クンクン……はふぅ……っ!』

リーザの鼻が、勝手に重箱の隙間に吸い寄せられていく。

(……いや、待ちなさいよ?)

悪魔(強欲)の囁きが、リーザの脳内で木霊した。

(私はこの『マッハ・ウーバー』の代表取締役社長よ? 提供する商品の『品質管理クオリティ・コントロール』を怠るのは、上に立つ者として失格じゃないかしら?)

リーザはゴクリと生唾を飲み込んだ。

(そうよ! お客様に毒を盛るわけにはいかない! 責任者として、味見(検食)をするのは当然の義務よ!)

(それに、あのバカでかい玉ねぎの端っこをスプーンで『ちょこっと』削り取るくらい、公爵様だって気付かないわ!)

完璧な自己正当化(言い訳)が完了した。

リーザの震える手が、ゆっくりと重箱の蓋に伸びる。

パカッ。

「……っっっ!!!」

蓋を開けた瞬間、黄金の輝きがリーザの網膜を焼いた。

極上の飴色に煮込まれたスパイシーな海の中央に、丸々と太った琥珀色のパール・オニオンが鎮座し、その横にはホロホロに崩れた魔牛のホホ肉が添えられている。

「か、神よ……(※自分が神だが)」

リーザは夢遊病者のようにスプーンを手に取り、玉ねぎの端っこを、ほんの少しだけ掬い取った。

そして、震える手でそれを口に運ぶ。

――ぱくり。

「………………………………あ、あはぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!!!」

その瞬間、リーザの脳髄に『落雷』が直撃した。

(な、なにこれぇぇぇ!? 前に食べた普通のカレーの、さらに数次元上の美味さァァァ!)

(世界樹の蜜のコクが、スパイスのトゲトゲしさを優しく包み込んで、そこから玉ねぎの強烈な甘みが大・爆・発! 噛まなくてもお肉が舌の上で溶けていくぅぅぅ!!)

「あひぃっ、美味しい……! 美味しすぎるわぁぁ!!」

スプーン一杯の味見のつもりだった。

しかし、飢えに飢えた貧乏神の胃袋に、これほどの「至高の劇薬」を投下して無事で済むはずがなかった。

「もう一口! あと一口だけ! ルーのところだけだからバレないわ!」

「ああっ、お肉も一個だけ……!」

「ご飯! ご飯とルーの黄金比率を確かめないと!」

「玉ねぎの真ん中の一番甘いところ! ここは社長の特権よォォォ!!」

カチャカチャカチャカチャッ!!

誰もいないリビングに、リーザが猛然とカレーを貪り食うスプーンの音だけが虚しく響き渡る。

「……ふぅ」

数分後。

我に返ったリーザの目の前には。

米粒一つ、ルーの一滴すら残っていない、『ピッカピカに舐め回された重箱(空箱)』があった。

「……………………あっ」

リーザの顔から、サーッと血の気が引いた。

「た、食べちゃった……! 50万円の、アビス公爵様の特注品を、ぜ、全部……!」

その時だった。

ドギュゥゥゥゥンッ!!!!

「ただいま戻りましたぁー!!」

凄まじいブレーキ音と共に、ピンクの配達員・キャルルがリビングに帰還した。

彼女の顔は疲労と汗でまみれているが、その目は「愛するカイト様との結婚資金」のために爛々と輝いている。

「はぁ、はぁ! 次の配達はどこですか社長! アビス公爵様の特注カレーですね! 任せてください、絶対に冷めないうちに音速でお届けしますぅ!!」

キャルルが元気いっぱいに敬礼する。

「えっ、あ、ちょ、ちょっと待ってキャルル……!」

リーザが滝のような冷や汗を流しながら、空っぽの重箱を背中に隠した。

「どうかしましたか?」

「い、いや! アビス公爵様のカレーなんだけど、ちょっとその……熟成? 熟成に時間がかかるみたいで……」

「え? 龍魔呂さんがさっき『出来たからすぐ運べ』って言ってたって、カイトさんから聞きましたけど?」

キャルルのウサ耳がピクリと動き、リーザの背後に隠された漆黒の重箱に視線がロックオンされた。

そして、キャルルの野生の嗅覚が、リーザの口元から漂う「世界樹の蜜とスパイスの強烈な匂い」を完全に捉えていた。

「……社長?」

純粋無垢だった配達員の目が、スッと冷たく、そしてドス黒く濁っていく。

破滅の足音(ドロップキックの助走)は、もう目の前まで迫っていた。

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