EP 3
【配達】キャルルの音速デリバリーと、天魔窟のVIP客たち
天魔窟の中心部、超高級歓楽街。
その一角にあるVIP専用クラブのオーナー、サキュバスのマダム・カルミラは、豪華なベルベットのソファで気怠げなため息をついていた。
「はぁ……。最近、ロクな刺激がないわね。三ツ星レストランの血の滴るステーキも、エルフの森の高級サラダも、もう飽き飽きよ。何かこう、私の舌をガツンと痺れさせるような、未知の美食はないのかしら……」
カルミラが退屈そうにワイングラスを傾けた、その時だった。
ドギュゥゥゥゥンッ!!!!
店の分厚い防音ドアが、爆風と共に吹き飛んだ。(※開けただけだが勢いが凄すぎた)
「きゃああっ!? な、何事!?」
店内のサキュバスたちが悲鳴を上げる中、ピンク色のつむじ風がカルミラの目の前で急ブレーキをかけた。
キュララララッ!! と床に焦げ跡を残して止まったのは、背中に**『黒くて四角い巨大な保温リュック』**を背負った、ウサ耳の少女――キャルルである。
「お待たせしましたぁ! 超音速フードデリバリー『マッハ・ウーバー』ですぅ!」
キャルルが、額の汗を拭いながら元気いっぱいに挨拶する。
「な、なによあんた! どこから入って……というか、何その四角い箱は!」
カルミラが目を白黒させる。
「ご注文の品(※強引な押し売り)をお届けに上がりましたぁ!」
キャルルが背中のリュックを開けると、中からアツアツの湯気と共に、とんでもない『スパイスの暴力』が店内に解き放たれた。
「なっ……!? この、複雑で官能的な香りは……!」
カルミラの瞳孔がカッと開く。
「『龍魔呂特製・Sランク玉ねぎ丸ごとカレー』ですぅ! カイトさんの農場で採れた最高級の玉ねぎを、数十分前までグツグツ煮込んでました! まだお鍋の中みたいにアツアツですよぉ!」
キャルルは、陶器の器に入ったカレーをテーブルにドンッと置いた。
深い飴色のルーの中心で、琥珀色に輝く丸ごとの『パール・オニオン』が、プルプルと震えている。
「こ、これが料理……? 見た目はただの泥水に浮かぶ玉ねぎじゃない……」
カルミラは半信半疑ながらも、その圧倒的な匂いに抗えず、震える手でスプーンを手に取った。
そして、玉ねぎとルーをすくい、おそるおそる口へと運ぶ。
「……っ!!?」
次の瞬間、マダム・カルミラの背中にゾクゾクッと電撃が走った。
「あ、あはぁんっ♡」
サキュバスらしからぬ、完全に油断した蕩けた声が漏れる。
「な、なんなのこの玉ねぎはァァァ!? 噛む必要がないわ! 舌の上でトロォッととろけて、果物みたいな強烈な甘みが爆発した直後に、何十種類ものスパイスが束になって私の味蕾をタコ殴りにしてくるぅぅ!!」
カルミラは、一流の美食家としての矜持を完全に忘れ、ガツガツと猛然とカレーを掻き込み始めた。
「熱い! 辛い! でも甘い! 止まらないわ! 私の胃袋が、もっとこのスパイス(刺激)を寄越せと叫んでるゥゥ!!」
あっという間に皿を舐め回すように完食したカルミラは、荒い息を吐きながら、テーブルに金貨をドンッ!と叩きつけた。
「最高よ! 金貨1枚(約1万円)でも安いわ! 明日も、明後日も、毎日この時間に持ってきなさい!!」
「まいどありですぅー! それじゃ、次のお客さんのところに行ってきますぅ!」
ドギュゥゥゥゥンッ!!!
キャルルは金貨を回収するや否や、再び音速の彼方へと消え去った。
◇
キャルルの「音速の押し売りデリバリー」のターゲットは、サキュバスだけではなかった。
前回の経済テロで株価が暴落し、連日徹夜で会議をしていた**魔王軍の幹部(オーク将軍)**の元にも、ピンクのつむじ風は容赦なく突撃した。
「はぐっ……! う、美味い……! なんだこの玉ねぎの優しさは……! 暴落した株券を見て荒みきった俺の心に、スパイスと甘みが染み渡るゥゥゥ……!」
オーク将軍が、涙と鼻水を流しながらカレーを飲み込んでいる。
「金貨でもミスリルでも払う! だからおかわりをくれぇぇ!」
「歩合の銀貨チャリンチャリンですぅー!」
圧倒的な脚力。一切冷めない超絶保温。そして、Sランク食材と鬼神の技術が融合した至高のカレー。
『マッハ・ウーバー』の噂は、瞬く間に天魔窟のVIPたちの間で広まり、注文が殺到し始めた。
◇
そして、カイト農場。
「がはははは! 笑いが止まらないわ! 天魔窟の金持ちども、完全にカレーの中毒ね!!」
リビングのソファにふんぞり返る**リーザ(社長)**の前には、キャルルが往復して持ち帰ってきた金貨が、小山のように積み上がっていた。
「さあ龍魔呂! 注文が追いつかないわよ! もっと特大鍋でガンガン作りなさい!」
「……チッ。俺は工場長じゃないんだぞ。だが、客が美味いと待っているなら仕方ない」
龍魔呂は千手観音のような手捌きで、巨大なずん胴鍋を複数同時にかき混ぜている。
しかし、その傍らで、完全に死んだ魚の目をしている男が一人。
「僕……農民なのに……。ただの『無料タマネギ引っこ抜きマシーン』になっちゃった……」
泥だらけのカイトが、涙目で畑からパール・オニオンをエンドレスで引き抜き続けていた。
金が乱れ舞うカレービジネスは絶好調。
しかし、急激な成功は、強欲な社長の心に、ある「致命的な油断」を生み出そうとしていた。




