EP 7
【対峙】龍魔呂の約束と、魔王の勘違い
ゴォォォォォォッ……!!
度数99.9%の神酒によって、天を焦がす勢いで燃え盛る魔王城。
農民のカイトが「お姫様が丸焼きになる!」と絶叫していた、まさにその時だった。
ズドォォォォォォンッ!!
城の分厚い正面扉が、内側からのすさまじい魔力爆発によって吹き飛ばされた。
もうもうと立ち込める黒煙の中から、巨大なシルエットが姿を現す。
「ゲホッ、ゴホッ! おのれぇぇぇ勇者どもぉぉ!!」
現れたのは、身の丈3メートルを超える巨躯に、禍々しい漆黒の鎧を纏った大魔王だった。
……しかし、その威厳は見る影もなかった。
自慢の鎧はススで真っ黒に汚れ、マントは無惨に焼け焦げている。
さらに、片手には『暴落したダーク・ゴールドの株券』を、もう片手には『ストライキを起こした部下たちの要求書』を握りしめていた。
もはやラスボスというより、不渡りを出して夜逃げに失敗した中小企業の社長である。
「貴様らぁぁぁ! よくも……よくもやってくれたな!」
魔王が血走った目でカイトたちを睨みつける。
「突然のハイパーインフレで我が軍の経済を破綻させ! 地下資源を根こそぎ奪い! 挙句の果てに城に火を放つとは! 勇者の風上にも置けぬ外道どもめ!!」
魔王の怒りの咆哮と共に、ビリビリと空気が震える。
腐ってもラスボス。その圧倒的なステータスから放たれる『魔王の威圧』は本物だった。
「ひぃっ!? さすがにゲームのボスだけあって、すごいプレッシャーだよ!」
レベル1のカイトがガチガチと震えながら『ひのきのクワ』を構える。
「……殺気はなかなかのものですぅ。でも、私の足なら躱せます!」
武道家のキャルルがウサ耳をピンと立て、素手で構えをとった。
パーティーに初めての「RPGらしい緊張感」が走る。
いよいよ最終決戦――誰もがそう思った時だった。
「……おい。お前がここのボスか?」
パーティーの真ん中から、スッと一人の男が前に出た。
白いコックコート姿の料理人、龍魔呂である。
「む? 貴様は……料理人? 武器も持たずに前に出るとは、死にたいのか!」
魔王が訝しげに龍魔呂を見下ろす。
しかし、龍魔呂は全く動じていなかった。
彼は初期装備の『錆びた中華包丁』を肩でトントンと叩きながら、空中に呼び出したシステムウィンドウ(現実世界の時計)をチラリと確認した。
「……もうこんな時間か。さっさと終わらせるぞ」
龍魔呂の低い声が、パチパチと燃える炎の音に混じって響く。
「終わらせるだと? ふははは! 錆びた包丁一本で、この魔王を倒す気か!」
「お前なんかどうでもいい。俺が気にしているのは……」
龍魔呂は魔王から視線を外し、後ろで借金(マイナス150万G)のショックで震えている貧乏神のリーザを振り返った。
「リーザ。約束しただろ。ログアウトしたら、現実の農場で『Sランクもやし炒め定食』を作ってやるってな」
「えっ……?」
リーザが涙目で顔を上げる。
「あれは火加減と鮮度が命なんだ。こんなクソゲー(仮想現実)でモタモタしている暇はない。早くお前らをログアウトさせないと、もやしのシャキシャキ感が失われちまう」
「龍魔呂さん……!」
カイトが息を呑んだ。(※こんな時でも料理ファーストなこの人、ブレないな!)
しかし、この龍魔呂の何気ない「料理人としてのプロ意識」が、魔王の脳内でとんでもない化学反応(勘違い)を引き起こした。
(……な、なんだと!?)
魔王は驚愕で目を見開いた。
(我が軍の経済を崩壊させ、難攻不落の城を焼き尽くし、ついに魔王であるこの私と対峙したというのに……こいつらの頭の中にあるのは、『夕飯のもやし炒め』のことだけだというのか!?)
魔王の視点が、カイトたち一人一人を舐めるように動く。
インフレを引き起こした農民。
放火魔の飲んだくれ(ルチアナ)。
地下資源を強奪したエルフ(ルナ)。
(そして……)
魔王の視線が、最後にボロボロの服を着たリーザ(貧乏神)で止まった。
(あの人魚の女……! マイナス150万Gという莫大なカルマ(借金)を背負いながらも、もやし炒めのためにこの私を屠ろうというのか! どれほどの絶望と狂気を抱えれば、あんな底知れぬオーラを放てるのだ……!)
※ただの極貧アイドル(リアルでも金欠)の悲壮感である。
「くっ、くふふふ……! はーっはっはっは!」
突如、魔王が狂ったように高笑いを始めた。
「見事だ! 貴様らのその『底知れぬ強者の余裕』……この魔王が直々に、絶望へと叩き落としてくれよう!!」
盛大な勘違い(深読み)をした魔王のターゲットが、なぜか「最弱の貧乏神・リーザ」へとロックオンされたのだった。




