EP 7
【襲撃】コスメ・ゴーレムの暴走
「ふふふ……大漁、大漁よキャルル!」
天魔窟デパート1階、コスメフロアの中央通路。
リーザは、各ブランドのロゴが入った高級そうな紙袋を両手に抱え、ホクホク顔で歩いていた。
中には、サキュバスやダークエルフのBA(美容部員)たちから「鋼のクレーマートーク」で毟り取った、大量の試供品が詰まっている。
「はぁ、はぁ……。寿命が、寿命が10年くらい縮みましたぁ……」
その後ろを歩くキャルルは、完全にゲッソリしていた。
タダで高級品が貰えるのは嬉しいが、あのBAたちの「買え買えオーラ」と「値踏みする視線」を浴び続けるのは、精神的ダメージが大きすぎたのだ。
「もう帰りましょう、リーザさん。これ以上長居したら、私の結婚資金が吸い取られてしまいます……」
「何言ってんの! まだ奥の『オーガニック化粧品コーナー』を制覇してないわよ! あそこの泥パックのサンプルは絶対に――」
リーザが意気込んだ、その時だった。
ズドドドドド……ッ!!
突如、大理石の床が激しく揺れた。
地震ではない。フロアの奥、地下倉庫へと続く搬入用エレベーターの扉が、内側からメキメキとひしゃげ始めたのだ。
「えっ? なになに!?」
「きゃああっ!?」
周囲のセレブ客やBAたちが悲鳴を上げる。
次の瞬間、ドガァァァンッ!! という轟音と共に、鋼鉄の扉が吹き飛んだ。
『ボボボボォォォ……(美シクナリタイィィ……)』
エレベーターホールから這い出してきたのは、ドス黒く濁った、巨大なスライム状の魔物だった。
いや、ただのスライムではない。
その体からは、数百種類の高級香水が混ざり合ったような、強烈すぎる「フローラル&ムスク」の匂いが放たれていた。
「な、なんですかアレ!?」
キャルルがウサ耳を塞いで後ずさる。匂いがキツすぎるのだ。
「ひぃぃぃッ! 出たわぁぁ! **『コスメ・ゴーレム』**よぉぉ!!」
サキュバスのBAが、完璧なメイクを顔面蒼白にして絶叫した。
「使用期限切れの廃棄コスメや、不良品の美容液が、地下の魔力溜まりで融合して生まれた怪物ですわ! 触られたら毛穴が詰まって、一生ニキビが治りませんわよぉぉ!!」
『美シク……潤イヲォォォ!!』
コスメ・ゴーレムが触手を振り回す。
バチャッ! と飛沫が飛び散り、ブランド品のディスプレイがドロドロのファンデーションまみれになっていく。
フロアは一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「に、逃げましょうリーザさん!」
キャルルが叫ぶが、横を見ると、リーザは信じられない形相でゴーレムを睨みつけていた。
「冗談じゃないわ……」
リーザは、大事な大事な「サンプルの入った紙袋」を胸にギュッと抱きしめた。
「私が……私がどれだけ身を粉にして(BAに嫌がらせして)集めたサンプルだと思ってるの! あんな泥水被ったら、パッケージが汚れちゃうじゃないのぉぉぉ!!」
「そこですか!?」
『ボォォォ!!(モチモチ肌ニシテヤルゥゥ!!)』
タゲ(標的)を定めたのか、コスメ・ゴーレムが巨大な美容液の波となって、リーザとキャルルに向かって襲いかかってきた。
「きゃあああっ! 私のSK-○(試供品)がぁぁ!」
リーザがしゃがみ込む。
だが、その前に、ピンク色の影がマッハで飛び出した。
「もう……! せっかくのタダでのお買い物の邪魔しないでください!」
キャルルだった。
彼女はウンザリした顔で、愛用の**『鉄芯入り安全靴』**を大理石の床に打ち付けた。
バチバチバチッ!!
靴底の電竜石が起動し、ピンク色の闘気と雷光が右足に収束する。
「私、今すっごく疲れてるんです! 早くカイト農場に帰って、人参かじって寝たいんですからぁぁ!」
キャルルは跳躍した。
そして、迫りくる巨大な化粧品の波のド真ん中へ、容赦ないカカト落としを叩き込んだ。
「月影流・断頭割り(だんとうわり)ッ!!」
ズガァァァァァァァンッ!!!!
音速を超えた一撃が、コスメ・ゴーレムの中心核(おそらく高級クリームの空き瓶)を正確に粉砕した。
『ボベェェェェッ!?』
断末魔と共に、ゴーレムの巨体が大爆発を起こす。
ドパァァァァンッ!!
圧縮されていた高濃度の美容液、化粧水、乳液が、霧雨となってフロア全体に降り注いだ。
「ああっ!? キャルル! 泥かぶったんじゃない!?」
リーザが紙袋の陰から顔を出し、慌ててキャルルを見た。
キャルルは、ゴーレムの爆発を至近距離で浴び、頭からつま先まで謎の液体でびしょ濡れになっていた。
「うぅ……最悪です。なんか、フローラルな匂いが体に……」
キャルルが顔を拭おうとした、その時。
「……あれ?」
「えっ……? うそ」
リーザが息を呑んだ。
避難していたBAたちも、呆然とその光景を見つめている。
キャルルの肌が――発光していた。
廃棄コスメの集合体とはいえ、元は全て『天魔窟デパート』で売られている超高級品の数々である。
それが音速の衝撃でナノレベルに分解され、キャルルの肌の奥底まで「完全浸透」したのだ。
「なんか……お肌がピチピチしてます。ぷるんぷるんです」
キャルルが自分の頬をつつくと、まるで水風船のようにパーン! と跳ね返る弾力があった。
くすみゼロ。毛穴ゼロ。
圧倒的な、真珠のような透明感。
「……キャ、キャルルあんた! どんだけ高級なエキス吸い込んでんのよ!! ず、ズルいぃぃぃ!!」
リーザが血の涙を流して地面を叩いた。
試供品をチマチマ集めていた自分がバカみたいに思えるほどの、圧倒的「美肌効果(物理)」。
「えっ? あ、あの……なんか、すいません?」
ピカピカに輝くウサギの少女と、サンプル袋を抱えて咽び泣くオーク(自称)のアイドル。
デパート戦争は、こうして誰も予想しない形で決着(?)を迎えたのだった。




