EP 6
【試練】サキュバスBAの「圧」とタッチアップ
超高級ブランド『魔界堂』のコスメカウンター。
大理石のテーブルに座らされたキャルルは、まな板の上の鯉だった。
「お客様ぁ~、少しお肌を見せていただきますねぇ~♡」
サキュバスのチーフBA(美容部員)が、甘い香りを漂わせながらキャルルの頬に触れる。
その指先には、微弱な『魅了』の魔力が込められていた。
「んんっ……!?」
「あらあらぁ……。お客様、ひどく乾燥していらっしゃいますわねぇ? もしかして、最近『音速』で走ったりなさいましたぁ?」
(ギクッ!? なんで分かるんですか!?)
キャルルは冷や汗を流した。ここ数日、農場の警備でマッハ移動を繰り返したせいで、確かに風圧で肌が少しカサついていた。
「このまま放置すると、ウサギ特有のフワフワ感が失われて、ガサガサのオーク肌になっちゃいますわよぉ? ……でも、大丈夫ですわ♡」
サキュバスBAが、恭しく一つの小瓶を取り出した。
黒曜石でできた、禍々しくも美しいボトル。
「当店が誇る最高級美容液、『ブラッド・ローズ・エッセンス』! こちらを一本お使いになれば、あっという間に赤ちゃん肌ですわ~。お値段、たったの金貨10枚でございます♡」
「じゅ、じゅうまぁい!?」
キャルルのうさ耳が恐怖でピンと直立した。
5万円のルチアナの密輸品より高い。10万円である。
「ささっ、今なら限定のポーチもお付けしますわ。お支払いは、天魔屋のゴールドカードで? それとも一括で?」
サキュバスの瞳が怪しく光る。
逃げ場を塞ぐ、完璧なクロージング(契約の締結)。
田舎育ちで押しに弱いキャルルは、完全にその「圧」に呑み込まれていた。
「あわわわ……! か、買います! 買っちゃいますぅ!」
キャルルの手が、震えながら結婚資金の入ったガマ口財布へと伸びる。
ああっ、未来の旦那様との新居の頭金が!
そう思いながらも、断れない。
その時だった。
バンッ!!
「ちょっと待ちなさい、お姉さん」
横に座っていたリーザが、カウンターを力強く叩いた。
「えっ……リーザさん?」
「あらぁ? お連れ様、何かご不満でもぉ?」
サキュバスBAが、営業スマイルのままピクリと眉を動かす。
リーザはサングラスを外し、足を組み替えて、プロのクレーマー……いや、美を追求するアイドルの顔になった。
「その美容液……成分表示を見せてもらえるかしら?」
リーザは小瓶の裏ラベルを指差した。
「この3行目に入っている『マンドラゴラの根のエキス』……。これ、私のこの特殊な肌質……そう、いわゆる**『オーク肌(極度のオイリー&敏感肌)』**に合うのかしら?」
「えっ? オ、オーク肌でございますか……?」
サキュバスBAが僅かに狼狽える。
目の前にいるのはどう見ても人間の少女だが、本人がオーク肌と言い張るのだから否定できない。
「マンドラゴラのエキスは刺激が強いって、美容雑誌『月刊マナ』にも書いてあったわ。もし私がこれを買って、肌が荒れてアイドル生命が絶たれたら……貴女、責任取れるの? 天魔窟消費者ギルドに訴えるわよ?」
「そ、それは……! 当店の製品は安全基準を満たして……」
「口では何とでも言えるわよねぇ?」
リーザはフッと鼻で笑い、サキュバスBAの顔を覗き込んだ。
「だからこそ……**『パッチテスト』**が必要なんじゃないかしら?」
「パッチ、テスト……?」
「そう! 自宅で数日間、私の肌に合うかじっくり試すための……**『試供品』**がね!!」
リーザの要求が、ついに牙を剥いた。
サキュバスBAの顔が引き攣る。
(こ、この客……最初から買う気がない! サンプル古事記(狙い)だわ!)
「お、お客様……サンプルは現在、品薄でして……」
「あら、天下の魔界堂さんが、お客様の肌トラブルを未然に防ぐための努力を怠るの? 店長さん呼んでくれる?」
「うっ……!」
リーザの鋼のメンタルと、淀みないクレーマートーク。
押し売りを得意とするサキュバスBAも、この「失うものが何もない貧乏人」の気迫には敵わなかった。
「……か、かしこまりましたぁ。では、特別に『3日分のサンプルセット』を……お渡ししますわぁ……」
プルプルと震える手で、サキュバスBAが豪華なパウチの束を差し出す。
「ありがとう! キャルルの分も貰っていくわね! ほらキャルル、財布しまって!」
「は、はいぃっ!」
リーザはサンプルをひったくるようにバッグに詰め込み、キャルルの手を引いて立ち上がった。
「ふふっ、楽勝ね。さあ、次は隣の『エルフ・ド・ボーテ』のカウンターよ! 目指すはコンプリート!」
「リーザさん、メンタルがミスリル合金並みですぅ……!」
キャルルは尊敬と羞恥心が入り混じった顔で、リーザについていく。
だが、タダで全てが手に入るほど、天魔窟デパートは甘い場所ではなかった。
様々なブランドの香料が混ざり合うこのフロアの地下で、恐るべき「魔物」が目を覚まそうとしていた。




