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EP 9

紫煙と男の美学。俺たちは「金」より「静寂」が欲しい

 農場の裏手。

 そこは、母屋からの喧騒が遠く聞こえるだけの、静寂に包まれた場所だった。

 頭上には満天の星空。

 虫の声だけが、心地よいBGMとして流れている。

 そこに、男たちが並んで立っていた。

 カキン。シュボッ。

 ジッポライターの開閉音と、オイルの燃える音が静けさを切り裂く。

 竜王デュークが、極太の葉巻をくゆらせた。

 狼王フェンリルが、指先の冷気でタバコに火を灯した。

 勇者リュウ、魔族ルーベンスもそれに続く。

 ふぅぅぅぅ――――。

 プハァ――――。

 四本の紫煙が、夜空へと昇り、混じり合い、そして消えていく。

「……結局、パチンコには行けなかったな」

 沈黙を破ったのは、勇者リュウだった。

 彼が吸うのは『メビウス』。

 日本のサラリーマンが愛する、スタンダードで飾らない味。

 その煙には、小遣い制の哀愁と、家庭を守る男の疲れが滲んでいる。

「ガハハ。まあ、一瞬でも夢は見れただろう?」

 豪快に笑うのは、竜王デューク。

 甘い香りのする高級葉巻を噛み締めながら、彼は夜空を見上げた。

「金塊なんぞ、所詮は石だ。だが、この葉巻の香りと、友と吸うこの時間は、金では買えん」

「……負け惜しみにしか聞こえんがな」

 ぼそりと呟いたのは、魔族ルーベンスだ。

 彼の手には『マルボロ・メンソール(緑)』。

 競馬ジオ・リザードですべてを失った男の背中は煤けているが、その横顔はどこか憑き物が落ちたように清々しい。

「だが、同意しよう。あの騒がしい女たちの声を聞くより、この安っぽいメンソールの刺激の方が、今の俺には心地いい」

「ケッ、辛気臭ぇ連中だぜ」

 狼王フェンリルが、氷のように冷たい煙を吐き出した。

 銘柄は『マルボロ・アイスブラスト』。

 最強のカプセルメンソールが、彼の喉を凍らせる。

「俺は金なんぞ最初から興味ねぇ。美味い飯と、強い敵。それ以外はノイズだ。……ただ、今のこの静けさは悪くねぇ」

 男たちは、言葉少なに煙をくゆらせる。

 先ほどまでの「数億円争奪戦」が嘘のような、穏やかな時間。

 そこへ、カツカツと足音が近づいてきた。

「……ここにいたか」

 現れたのは、鬼神・龍魔呂。

 エプロンを外し、仕事終わりの一服を求めてやってきた、農場の料理番だ。

「おう、大将。仕事は終わったか?」

「……ああ。厨房の片付けは済んだ。……一本くれ」

 龍魔呂が差し出した手に、リュウが自分のライターを投げる。

 龍魔呂が取り出したのは『マルボロ(赤)』。

 ガツンとくる重い吸いごたえ。職人のタバコだ。

 シュボッ。

 龍魔呂が深く、長く吸い込む。

 その煙は、他の誰よりも濃厚で、そして重厚だった。

「……ふぅ。……騒がしい夜だったな」

「違いない」

「全くだ」

 男たちの間に、奇妙な連帯感が流れる。

 種族も、立場も、吸っている銘柄も違う。

 だが、「女たちの欲望に振り回され、結局何も得られなかった」という一点において、彼らは戦友ともだった。

 チリチリ……。

 タバコの火が根本まで燃え尽きる。

 龍魔呂が、携帯灰皿に吸い殻を押し付けた。

 それが合図だった。

「……気が済んだか?」

 龍魔呂の静かな問いに、全員が無言で頷く。

 紫煙と共に、未練も、後悔も、すべて夜空に吐き出した。

 あとは、腹を満たすだけだ。

「なら、戻れ。……最高の鍋を用意してある」

「へへっ、待ってました!」

「やはり最後はそれか。悪くない」

 男たちはニヤリと笑い、背を向けて歩き出す。

 その背中は、来る時よりも少しだけ大きく、そして軽やかに見えた。

 男の幸せとは、億万の金貨ではない。

 一服のタバコと、これから食う美味い鍋。

 それだけで十分なのだ。

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