EP 3
借金アイドル・リーザと、小遣い制勇者・リュウの悲しき同盟
深夜の農場。
草木も眠る丑三つ時、納屋の裏手に二つの影が蠢いていた。
一人は、ボロボロのジャージを着たアイドル、リーザ。
もう一人は、疲れ切った顔の勇者、リュウ。
「……リュウさん。状況確認を」
「ああ。妻の財布の紐は、ミスリルの鎖より硬い。今月の俺の小遣いは……ゼロだ」
リュウが震える手でタバコの空箱『メビウス』を握り潰した。
「パチンコはおろか、明日の一服すらままならない。かつて魔神王を倒したこの俺が、だぞ?」
「奇遇ね。私もよ。今月の家賃とボイトレ代、それに新衣装のローン……計算したら、あと銅貨3枚しか残らないわ」
リーザが虚ろな目で遠くを見る。
「このままじゃ、私はアイドルじゃなくて『歌うホームレス』よ。……やるしかないわね」
「ああ。ターゲットは、あの漬物石(数億円)だ」
二人の利害は完全に一致していた。
カイトの漬物石を奪取し、換金し、山分けする。
これは犯罪ではない。世直し(と自己救済)である。
「作戦名は『オペレーション・ローリング・ストーン』。行くぞ」
◇ ◇ ◇
二人は匍匐前進で納屋へと接近する。
BGMは脳内で再生されるスパイ映画のテーマ曲(※口で「ダダン、ダ、ダダン♪」と言っている)。
納屋の前まで到達したリュウが、懐から「何か」を取り出した。
「見ろ、リーザ。俺のユニークスキル【ウェポンズマスター】の無駄遣いだ」
リュウが差し出したのは、カイトの金塊とサイズも形状も瓜二つの「ただの石」だった。
表面には金色のペンキが塗られ、暗闇では見分けがつかないほどの完成度だ。
「す、すごぉい! さすが器用貧乏!」
「褒め言葉として受け取っておく。……俺の亜空間収納を使えば、一瞬で『本物』と『偽物』を入れ替えられる。カイトが気づく頃には、俺たちは換金所(ゴルド商会)で祝杯をあげているはずだ」
「完璧ね! さあ、やりましょ!」
勝利を確信した二人は、漬物樽へと忍び寄る。
樽の上には、月明かりを浴びて鈍く光る黄金の塊。
手が届く距離まであと数メートル。
だが。
彼らの前には、世界最強のセキュリティシステムが設置されていた。
「……くぅ~ん……むにゃむにゃ……」
樽の横で、気持ちよさそうに腹を出して眠る犬が一匹。
カイトの愛犬ポチこと、始祖竜(幼体)である。
「ひっ……! ポ、ポチがいるわよ!?」
「しっ! 声がデカい! ……大丈夫だ、あいつは一度寝たら起きない。カイト譲りの図太い神経をしてる」
リュウは冷や汗を拭いながら、慎重に、慎重に足を運ぶ。
ポチの寝息に合わせて動く、プロの所作だ。
ズリッ……ズリッ……。
樽の前へ到着。
ポチとの距離、わずか30センチ。
(よし……今だ!)
リュウがスキルを発動しようと手をかざす。
リーザが唾を飲み込む。
数億円が、手に入る。
その瞬間。
「……肉ぅ……」
ポチが寝言を漏らした。
「!?」
「……骨付き肉ぅ……よこせぇ……!!」
ドクンッ。
ポチの体から、尋常ではない魔力が溢れ出した。
夢の中で獲物を追っているのだろうか。可愛らしい口元がカッと開き、その奥で極小の、しかし圧縮されたエネルギーが輝く。
「ま、まずい! 退避ッ!!」
「いやぁぁぁぁ!!」
リュウがリーザの首根っこを掴んで横に飛んだ、コンマ1秒後。
ズドォォォォォンッ!!
ポチの口から放たれた「寝言ブレス(水爆級)」が、二人がいた空間を焼き尽くし、納屋の壁を貫通して夜空へと消えていった。
農場全体が昼間のように明るくなり、衝撃波でビニールハウスが揺れる。
◇ ◇ ◇
「……けほっ、けほっ」
黒煙が立ち込める中。
アフロヘアーのようにチリチリに焼けたリュウとリーザが、煤だらけの顔で体を起こした。
「……死ぬかと思った……」
「私の……自慢の鱗(肌)が……焼き魚になっちゃう……」
命からがら回避したものの、作戦は完全なる失敗。
騒ぎを聞きつけた足音が、母屋の方から近づいてくる。
「こらーっ! 誰だ夜中に花火なんかしてるのは!」
カイトの声だ。
それに続いて、さらに恐ろしい声が響く。
「リュウ? ……あなた、こんな夜中に何をしてるのかしら?」
背筋が凍るような冷たい声。
仁王立ちする妻、セーラだった。
彼女の手には「お仕置き用のハリセン」が握られている。
「あ、いや、セーラ、これは……その、夜の散歩というか……」
「散歩で消し炭になる馬鹿がどこにいるの! 今月のお小遣い、さらに50%カットです!!」
「そ、そんなぁぁぁ!!」
絶望するリュウ。
そして、その横でリーザもまた、カイトに捕獲されていた。
「リーザちゃんも怪我はない? ……あ、そうだ。壊れた納屋の壁の修理代、リーザちゃんのツケにしておくね」
「いやぁぁぁぁ! 借金が増えたぁぁぁ!!」
夜空に二人の悲鳴が木霊する。
その騒ぎの中心で、ポチだけが「……むにゃ? お肉焼けた?」と呑気に欠伸をするのだった。
金塊への道は、あまりにも遠く、険しい。




