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EP 2

漬物石を巡る仁義なき戦い

「非常事態よぉぉぉッ!! 全員集合ぉぉぉッ!!」

 早朝のシェアハウス・リビングに、リーザの絶叫が木霊した。

 まだ眠い目をこすりながら、あるいは朝の優雅なコーヒータイムを過ごしていた住人たちが、何事かと顔を上げる。

 ジャージ姿でポテチを齧る創造神、ルチアナ。

 最新のコスメ雑誌を熟読する魔王、ラスティア。

 自分の羽の手入れに余念がない不死鳥、フレア。

「……何よ朝から。私の肌のゴールデンタイムを邪魔しないでくれる?」

 ルチアナが不機嫌そうに睨むが、今のリーザには神の威光など通じない。彼女は血走った目で、窓の外の農場を指差した。

「肌とか言ってる場合じゃないわよルチアナ! 今すぐ外を見て! カイトが! 私たちの『夢』と『希望』と『欲望』を、白菜と一緒に塩漬けにしてるのよぉ!!」

「ハァ? 意味が分からな……って、ええええッ!?」

 窓から覗き込んだルチアナが、ポテチを落として硬直する。

 続いてラスティア、フレアも窓辺に殺到し、そして息を呑んだ。

 そこには、納屋の軒先で楽しそうに鼻歌を歌うカイトの姿。

 そして、その手元の樽の上に鎮座する、眩いばかりの巨大な金塊。

「あ、あれは……!!」

「推定20キロ……今の金相場で計算すると……ごくり」

「なんて輝きですの……! 私のコレクションルームに飾るべき至宝!」

 三者三様の瞳に、「¥(エン)」マークが浮かび上がる。

 リーザが畳み掛けるように叫んだ。

「でしょ!? あの金塊があれば、私の借金完済どころか、ドームツアーだって開催できるのよ! なのにカイトったら、『ちょうどいい重さだから』って漬物石にしてるのよ! 信じられる!?」

 その瞬間、リビングに戦慄が走った。

 国が買えるほどの財宝を、ただの「重石」として使う。

 それは、金欠に喘ぐリーザや、物欲まみれの女神たちに対する、最大級の冒涜だった。

「許せない……! 日本の最高級大吟醸『獺祭』が何千本買えると思ってるのよ!」

「天魔窟のエステサロン、VIPロイヤルコース(全身金粉パック付き)が一生通い放題だわ……!」

 ガタッ。

 ルチアナとラスティアが同時に立ち上がった。

 その背後には、修羅のようなオーラが立ち昇っている。

「行くわよ、みんな。あの哀れな金塊を、私たちの手で『正しく』使ってあげるのよ」

「ええ。カイトには、あの石の芸術的価値(と換金率)は分からないでしょうからね」

「そうですわ! 私が磨いて差し上げますわ!」

 ここに、『漬物石奪還・女子連合軍』が結成された。

 彼女たちは鼻息荒く、カイトのいる納屋へと進軍を開始する。

 ◇ ◇ ◇

「ふふふ~ん♪ 美味しくなぁれ、美味しくなぁれ♪」

 カイトは樽の中の白菜に愛を囁いていた。

 Sランク白菜は、金塊の重みでいい具合に水分が抜け、極上の浅漬けへと進化しつつある。

「カイト! ちょっと話があるの!」

 そこへ、ズカズカとルチアナたちが現れた。

 カイトは屈託のない笑顔で振り返る。

「おや、みんな揃ってどうしたの? 朝ごはん? もうすぐできるよ」

「ご飯の話じゃないわよ! その……石のことよ!」

 ルチアナは指を突きつけた。

「あんたねぇ、それを何だと思ってるの? それは神である私が創造した(ことになっている)神聖な鉱石よ! 漬物なんかに乗せていい代物じゃないわ!」

「え? そうなの?」

 カイトはきょとんとして、金塊をポンポンと叩いた。

「でもルチアナ、これすごいんだよ。底の窪みが樽の蓋にジャストフィットしてて、重さも均一にかかるんだ。こんなに優秀な漬物石、初めてだよ」

「だから石じゃないって言ってるでしょ! それを私に渡しなさい! 地球から最高級の酒を取り寄せるための……い、いや、研究のために必要なのよ!」

 ルチアナが手を伸ばそうとするが、カイトはひょいと体をずらしてガードした。

「だめだよ」

 その声は、普段のほのぼのとしたトーンとは違い、どこか芯の通った「生産者の威厳」を帯びていた。

「え?」

「今動かしたら、空気が入っちゃうじゃないか」

 カイトは真剣な眼差しで説いた。

「漬物はね、最初の数時間の加圧が命なんだ。ここで重石を外したら、塩の浸透圧が狂って、味がボケちゃうんだよ。Sランク白菜に対して、そんな失礼なことできないよね?」

「ぐぬっ……!」

「味……味と言われては……」

 ルチアナとラスティアがたじろぐ。

 彼女たちもまた、カイトの料理の虜。

 「味が落ちる」という言葉は、呪文のように彼女たちの動きを封じた。

 そこで、フレアがお嬢様口調で切り込む。

 

「で、ですがカイト様! 代わりの石なら、わたくしが持ってきますわ! だからその輝く石をわたくしに……!」

「うーん、でもフレアちゃん。この金塊、ほのかに温かいんだよね。たぶん魔力を含んでると思うんだけど、この微熱が発酵を促進してる気がするんだ」

 カイトは愛おしそうに金塊を撫でた。

「この石のおかげで、今日の夕飯の『豚バラと白菜のミルフィーユ鍋』は、過去最高傑作になる予感がするよ」

「「「っ!?」」」

 ミルフィーユ鍋。

 その単語が出た瞬間、連合軍の連携が崩れた。

 豚バラの脂と、とろとろになった白菜。それがSランク野菜とSランク漬物で作られるとなれば……。

(……金塊は欲しい。でも、今夜の鍋が不味くなるのは嫌!)

 ラスティアがゴクリと喉を鳴らす。

 リーザが涙目で訴える。

「で、でもぉ! 夕飯の後ならいいのよね!? 漬け終わったら、その石くれるのよね!?」

「えー? どうしようかなぁ。これ、形がいいから『ずっと』使いたいんだけど……」

 カイトの天然発言に、女性陣が膝から崩れ落ちる。

 数億円の漬物石。恒久使用宣言。

「ま、まあ、とりあえず夕飯まで待っててよ。最高の漬物をご馳走するからさ!」

 爽やかな笑顔でトドメを刺され、女子連合軍は敗走を余儀なくされた。

 畑の真ん中で、リーザの叫びだけが虚しく響く。

「私の借金返済計画がぁぁぁ! 白菜に負けたぁぁぁ!!」

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