表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
174/250

EP 4

競馬狂いの魔族ルーベンス、一世一代の大博打

「……ふぅ。世知辛い世の中になったものだ」

 農場の片隅にあるベンチで、魔族の騎士団長クラスの実力者、ルーベンスは紫煙を吐き出した。

 彼が愛飲するのは『マルボロ・メンソール(緑)』。

 クールな彼に似合う銘柄だが、その表情は渋い。

「タバコ税の増税……さらに円安(ゴールド安)の影響で、一箱の値段がランチ一食分とはな。これでは競馬ジオ・リザードレースの軍資金が捻出できん」

 彼は手元の競馬新聞『日刊トカゲ』を握りしめた。

 今週末はG1レース『有魔記念』。

 彼には絶対の自信がある大穴(万馬券)の予想があった。だが、肝心の種銭がない。

 彼の視線が、納屋の軒先に突き刺さる。

 そこには、相変わらずカイトが漬物石として使っている**「数億円の金塊」**がある。

「……盗めばポチに焼かれる。ならば、合法的に手に入れるまで」

 ルーベンスは立ち上がり、シェアハウスの1階へと向かった。

 そこには、この農場の頭脳が存在する。

 ◇ ◇ ◇

「いらっしゃいませ、ルーベンスさん。法律相談ですか? 30分で銀貨5枚になりますが」

 『リベラ法律事務所』の看板を掲げた部屋で、眼鏡をかけた美女、リベラが紅茶を淹れていた。

 ゴルド商会の令嬢にして、無敗の弁護士だ。

「リベラ君。単刀直入に聞くが……あの漬物石を、カイトから合法的に譲り受ける方法はないか?」

「ありません(即答)」

 リベラはにっこりと微笑んだ。

「カイトさんにとって、あの金塊は『優秀な漬物石』です。所有権の移転には、相応の対価が必要です」

「対価、か。金なら無いぞ」

「お金じゃありません。カイトさんの価値観ニーズを理解するのです。彼が金塊以上に欲しがるもの……それは何だと思いますか?」

 ルーベンスは腕を組み、カイトの行動パターンを分析する。

 野菜。土。肥料。……そして。

「……『種』か」

「正解です。それも、ただの種ではありません。カイトさんの好奇心を刺激する、未知の植物の種。それとなら、彼は喜んであの石を手放すでしょう」

 リベラの眼鏡がキラリと光った。

 なるほど、とルーベンスは膝を打つ。

 金塊など、農夫カイトにとっては石ころ。だが、見たこともない野菜の種ならば、等価交換以上の価値を持つのだ。

「感謝する、リベラ君。勝機が見えた」

 ◇ ◇ ◇

 意気揚々と畑に向かったルーベンスは、作業中のカイトに声をかけた。

「やあ、カイト。精が出るな」

「あ、ルーベンスさん。こんにちは」

「単刀直入に言おう。あの漬物石を私に譲ってはくれないか? ……代わりに、とっておきの『種』を提供しよう」

 カイトの手が止まった。

 その瞳が、金塊を見た時とは比べ物にならないほど輝き出す。

「種!? なになに、どんな種!?」

「フッ……食いついたな。私が知っているのは、魔界の奥地、奈落の森にのみ自生するという幻の植物……『デモン・マンドラゴラ』の種だ」

 それは、引き抜いた瞬間に悲鳴を上げ、聞いた者を即死させるという最悪の植物である。

 だが、カイトの反応は予想の斜め上を行っていた。

「マンドラゴラ! それ、煮込むと滋養強壮にいいって聞いたことがあるよ! 育ててみたいなぁ!」

「(……正気か?)ああ、その種を手に入れてくれば、あの石と交換してくれるか?」

「もちろん! あの石より、新しい野菜の方がずっと魅力的だよ!」

 交渉成立ディール

 ルーベンスは心の中でガッツポーズをした。

(勝った! 『デモン・マンドラゴラ』の種など、魔界の市場に行けば手に入る。それを渡して数億円の金塊を手にし、全額を今週末のレースに突っ込めば……私は億万長者だ!)

 ルーベンスの脳内で、札束の風呂に入る自分の姿が再生される。

 彼はカイトと固い握手を交わし、その足で「冒険者ギルド」の購買部へと走った。

「おやじ! 魔界行きの転移スクロールと、毒無効の装備、それに防音イヤーマフを一式くれ!」

「へい毎度。全部で金貨50枚になりやす」

「……何? 高いな……だが、先行投資だ。これを払えば億が手に入る……!」

 ルーベンスは震える手で、生活費とタバコ代、そして虎の子の競馬資金をすべて叩き出し、装備を購入した。

「待っていろカイト! すぐに種を持って戻ってくる!」

 彼は颯爽と転移魔法陣へと飛び込んだ。

 目指すは魔界。

 危険を顧みず、彼は突き進む。すべては金塊のため。

 ……しかし。

 彼は致命的なミスを犯していた。

 数日後。

 ボロボロになりながら、奇跡的に『デモン・マンドラゴラ』の種を入手して帰還したルーベンス。

 彼が農場に戻ると、そこでは男たちがラジオを囲んで盛り上がっていた。

『おおっと! 1着は大穴、12番人気「ハシリマクリ」だぁぁぁ!! 単勝オッズは驚異の500倍!!』

 実況の声が響く。

 ルーベンスの顔色が青ざめる。

「……おい、デューク。そのレースは……いつの開催だ?」

「あん? 今日のメインレース、『有魔記念』だが?」

「きょ、今日……だと……?」

 ルーベンスは膝から崩れ落ちた。

 魔界の時空の歪みにより、時間の感覚がズレていたのだ。

 そして何より。

 彼が全財産をはたいて装備を買ってしまったため、もしこの場にいたとしても、馬券を買う金は一銭も残っていなかった。

「あ、ルーベンスさんおかえり! 種、あった?」

 カイトが無邪気に駆け寄ってくる。

「……ああ。あるぞ。これが種だ……」

「わぁ、ありがとう! じゃあ約束通り、あの漬物石あげるね!」

 カイトから数億円の金塊を受け取るルーベンス。

 だが、レースは終わった。

 手元には金塊があるが、大穴を当てて数百億を得るという夢は散った。

 そして何より、種を入手するための旅費で、彼の財布はすっからかんだった。

「……金はある。だが、夢がない」

 彼は金塊の上に腰を下ろし、最後の一本となったシケモク(マルボロ緑)に火をつけた。

 煙が目に染みる。

 結局、彼が得たのは「プラマイゼロの収支」と「徒労感」だけだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ