EP 4
競馬狂いの魔族ルーベンス、一世一代の大博打
「……ふぅ。世知辛い世の中になったものだ」
農場の片隅にあるベンチで、魔族の騎士団長クラスの実力者、ルーベンスは紫煙を吐き出した。
彼が愛飲するのは『マルボロ・メンソール(緑)』。
クールな彼に似合う銘柄だが、その表情は渋い。
「タバコ税の増税……さらに円安(ゴールド安)の影響で、一箱の値段がランチ一食分とはな。これでは競馬の軍資金が捻出できん」
彼は手元の競馬新聞『日刊トカゲ』を握りしめた。
今週末はG1レース『有魔記念』。
彼には絶対の自信がある大穴(万馬券)の予想があった。だが、肝心の種銭がない。
彼の視線が、納屋の軒先に突き刺さる。
そこには、相変わらずカイトが漬物石として使っている**「数億円の金塊」**がある。
「……盗めばポチに焼かれる。ならば、合法的に手に入れるまで」
ルーベンスは立ち上がり、シェアハウスの1階へと向かった。
そこには、この農場の頭脳が存在する。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ、ルーベンスさん。法律相談ですか? 30分で銀貨5枚になりますが」
『リベラ法律事務所』の看板を掲げた部屋で、眼鏡をかけた美女、リベラが紅茶を淹れていた。
ゴルド商会の令嬢にして、無敗の弁護士だ。
「リベラ君。単刀直入に聞くが……あの漬物石を、カイトから合法的に譲り受ける方法はないか?」
「ありません(即答)」
リベラはにっこりと微笑んだ。
「カイトさんにとって、あの金塊は『優秀な漬物石』です。所有権の移転には、相応の対価が必要です」
「対価、か。金なら無いぞ」
「お金じゃありません。カイトさんの価値観を理解するのです。彼が金塊以上に欲しがるもの……それは何だと思いますか?」
ルーベンスは腕を組み、カイトの行動パターンを分析する。
野菜。土。肥料。……そして。
「……『種』か」
「正解です。それも、ただの種ではありません。カイトさんの好奇心を刺激する、未知の植物の種。それとなら、彼は喜んであの石を手放すでしょう」
リベラの眼鏡がキラリと光った。
なるほど、とルーベンスは膝を打つ。
金塊など、農夫カイトにとっては石ころ。だが、見たこともない野菜の種ならば、等価交換以上の価値を持つのだ。
「感謝する、リベラ君。勝機が見えた」
◇ ◇ ◇
意気揚々と畑に向かったルーベンスは、作業中のカイトに声をかけた。
「やあ、カイト。精が出るな」
「あ、ルーベンスさん。こんにちは」
「単刀直入に言おう。あの漬物石を私に譲ってはくれないか? ……代わりに、とっておきの『種』を提供しよう」
カイトの手が止まった。
その瞳が、金塊を見た時とは比べ物にならないほど輝き出す。
「種!? なになに、どんな種!?」
「フッ……食いついたな。私が知っているのは、魔界の奥地、奈落の森にのみ自生するという幻の植物……『デモン・マンドラゴラ』の種だ」
それは、引き抜いた瞬間に悲鳴を上げ、聞いた者を即死させるという最悪の植物である。
だが、カイトの反応は予想の斜め上を行っていた。
「マンドラゴラ! それ、煮込むと滋養強壮にいいって聞いたことがあるよ! 育ててみたいなぁ!」
「(……正気か?)ああ、その種を手に入れてくれば、あの石と交換してくれるか?」
「もちろん! あの石より、新しい野菜の方がずっと魅力的だよ!」
交渉成立。
ルーベンスは心の中でガッツポーズをした。
(勝った! 『デモン・マンドラゴラ』の種など、魔界の市場に行けば手に入る。それを渡して数億円の金塊を手にし、全額を今週末のレースに突っ込めば……私は億万長者だ!)
ルーベンスの脳内で、札束の風呂に入る自分の姿が再生される。
彼はカイトと固い握手を交わし、その足で「冒険者ギルド」の購買部へと走った。
「おやじ! 魔界行きの転移スクロールと、毒無効の装備、それに防音イヤーマフを一式くれ!」
「へい毎度。全部で金貨50枚になりやす」
「……何? 高いな……だが、先行投資だ。これを払えば億が手に入る……!」
ルーベンスは震える手で、生活費とタバコ代、そして虎の子の競馬資金をすべて叩き出し、装備を購入した。
「待っていろカイト! すぐに種を持って戻ってくる!」
彼は颯爽と転移魔法陣へと飛び込んだ。
目指すは魔界。
危険を顧みず、彼は突き進む。すべては金塊のため。
……しかし。
彼は致命的なミスを犯していた。
数日後。
ボロボロになりながら、奇跡的に『デモン・マンドラゴラ』の種を入手して帰還したルーベンス。
彼が農場に戻ると、そこでは男たちがラジオを囲んで盛り上がっていた。
『おおっと! 1着は大穴、12番人気「ハシリマクリ」だぁぁぁ!! 単勝オッズは驚異の500倍!!』
実況の声が響く。
ルーベンスの顔色が青ざめる。
「……おい、デューク。そのレースは……いつの開催だ?」
「あん? 今日のメインレース、『有魔記念』だが?」
「きょ、今日……だと……?」
ルーベンスは膝から崩れ落ちた。
魔界の時空の歪みにより、時間の感覚がズレていたのだ。
そして何より。
彼が全財産をはたいて装備を買ってしまったため、もしこの場にいたとしても、馬券を買う金は一銭も残っていなかった。
「あ、ルーベンスさんおかえり! 種、あった?」
カイトが無邪気に駆け寄ってくる。
「……ああ。あるぞ。これが種だ……」
「わぁ、ありがとう! じゃあ約束通り、あの漬物石あげるね!」
カイトから数億円の金塊を受け取るルーベンス。
だが、レースは終わった。
手元には金塊があるが、大穴を当てて数百億を得るという夢は散った。
そして何より、種を入手するための旅費で、彼の財布はすっからかんだった。
「……金はある。だが、夢がない」
彼は金塊の上に腰を下ろし、最後の一本となったシケモク(マルボロ緑)に火をつけた。
煙が目に染みる。
結局、彼が得たのは「プラマイゼロの収支」と「徒労感」だけだったのだ。




