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第40話:地道な支え(宮本玲奈)

 ――また、亜紀さん……。


 夜のオフィス。

 エレベーターホールに、直也と亜紀さん、2人が並んで歩く姿が見えた。

 タイトスカートにハイヒール、わざとらしいほど男の目を引く格好をした亜紀さん。

 その隣を歩く直也は、明らかに目を白黒させていて……でも、結局一緒に出て行った。


 胸の奥に、かすかな切なさが滲む。

 私は、直也の背中を見送りながら、自分のデスクに残って案件資料をまとめている。


※※※


 直也は、今やエコAIデータセンターという巨大プロジェクトを背負いつつ、これまで担当してきた海外の投資案件も並行して動かしている。

 普通なら、とても一人で抱えきれる分量じゃない。

 だからこそ私は、引き継げるものは積極的に自分で請け負ってきた。

 小口の案件でも、数字をしっかり仕上げれば直也の負担は確実に軽くなる。

 それが、私にできる支え方だと思ったから。


 でも――やっぱり心のどこかで、思ってしまう。

 「どうして私は、直也の隣に今いないんだろう」って。

 資源セクションとの非公式の会合だって、事務的な調整なら私にもできるはず。

 けれど、そこに立っているのは亜紀さんで。

 彼女は「女」を上手く使って、まるで戦略の一部みたいに直也を引き連れているのだ。


※※※


 私は知っている。

 総合商社の世界では、時に「女であること」を武器にして交渉を巧みに進める人がいることを。

 ビジネスの一つの方法として、それは一つの現実だし、否定はしない。

 でも――それを “安売り” してまで、私は勝ちたくない。


 女を使うなら、本当に愛した相手にだけ。

 本当に愛した相手になら、全部をさらけ出していいと思えるから。

 それが私のポリシーだ。


 だから、今の私はただ歯を食いしばるしかなかった。

 亜紀さんのやり方を正しいとも間違いとも言えない。

 でも、少なくとも私には選べない生き方だ。


※※※


 デスクの明かりの下で、資料に赤ペンを走らせる。

 数字を詰める。

 会合が必要なら即座にスケジュールを整える。

 財務会計分析を進め、リスク項目を潰していく。

 こうして積み上げた成果は、確実に直也の助けになる筈。

 それだけは信じている。


 でも、心の奥でどうしようもなく引っかかるのは――直也の隣にいるのが “私じゃない” ことだった。

 嫉妬、という言葉で片付けるには少々苦い感情。

 同期として真っ直ぐに彼を支えたいのに。

 同じ目線で、同じ高さで直也の隣に並びたいのに。


※※※


 帰りの電車の窓に映る自分の顔は、少し疲れていた。

 でも、その瞳はまだ負けてはいなかった。


 ――私も戦う。

 やり方は亜紀さんとは違う。

 でも、私にしかできないやり方がある。

 真っ直ぐに、そして精緻に積み上げて、直也に「玲奈がいるから大丈夫だ」と言わせてみせる。


 唇を噛みしめて、そっとスマホを握った。

 未読のメールが光っている。五井物産の投資先からの依頼。

 それほど大きな案件とは言い難いかも知れないけれど、今夜中に迅速に返せば確実に評価に繋がるだろう。

 それがシリコンバレーが求めるスピード感。

 サンノゼのAIスタートアップ・ベンチャーDeepFuture AIからの連絡だ。

 スタートアップと言っても、今では次世代のビッグテック最有力候補と言われている企業に急速に育っている。

 この会社への投資をまだシード段階で進めたのは、直也自身だ。

 単身シリコンバレーに渡って先方の代表と握手し、社内調整をして大きなシェアでの第三者割当増資引き受けを決めた相手だ。

 

 言うなれば、直也が育て、その見立て通りに急成長している期待のユニコーン。

 そのTOPが、自ら日本のビジネスアライアンス先の紹介を依頼してきている。


 深呼吸して、私は返信画面を開いた。


 亜紀さんみたいに “女狐” にはなれない。

 でも私は、私のやり方で――必ず直也の隣に立つ。

 本当に女を使うときが来るなら、それは……この気持ちを、直也に伝える時だけ。


 そう心に決めながら、私は指先を動かし続けた。

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