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第39話:宮本玲奈

 ――また、亜紀さん。


 夜のオフィス。

 窓から見下ろした街路に、二人並んで歩く姿が見えた。

 タイトスカートにハイヒール、わざとらしいほど男の目を引く格好をした亜紀さん。

 その隣を歩く直也は、明らかに目を白黒させていて……でも、結局一緒に出て行った。


 胸の奥がじんと痛む。

 私は、その背中を見送りながら、デスクに残って案件資料をまとめていた。


※※※


 直也は、今やAIデータセンターという巨大プロジェクトを背負いつつ、海外の投資案件も並行して動かしている。

 普通なら、とても一人で抱えきれる分量じゃない。

 だからこそ私は、引き継げるものは積極的に自分で請け負ってきた。

 小口の案件でも、数字をしっかり仕上げれば直也の負担は確実に軽くなる。

 それが、私にできる支え方だと思ったから。


 でも――やっぱり心のどこかで、思ってしまう。

 「どうして私は、あの場にいないんだろう」って。

 資源セクションとの非公式の会合だって、事務的な調整なら私にもできるはず。

 けれど、そこに立っているのは亜紀さんで。

 彼女は「女」を使って、まるで戦略の一部みたいに直也を引き連れている。


※※※


 私は知っている。

 総合商社の世界では、時に「女であること」を武器にして交渉を有利に進める人がいることを。

 それは一つの現実だし、否定はしない。

 でも――それを“安売り”してまで、私は勝ちたくない。


 女を使うなら、本当に好きな相手にだけ。

 その人にだけは、全部をさらけ出していいと思えるから。

 それが私のポリシーだ。


 だから、今の私はただ歯を食いしばるしかなかった。

 亜紀さんのやり方を正しいとも間違いとも言えない。

 でも、少なくとも私には選べない。


※※※


 デスクの蛍光灯の下で、資料に赤ペンを走らせる。

 数字を詰める。スケジュールを整える。リスク項目を潰していく。

 こうして積み上げた成果は、確実に直也の助けになる。

 それだけは信じている。


 でも、心の奥でどうしようもなく引っかかるのは――直也の隣にいるのが“私じゃない”ことだった。

 嫉妬、という言葉で片付けるには少々苦い感情。

 同期として真っ直ぐに彼を支えたい。

 同じ目線で、同じ高さで並びたい。


※※※


 帰りの電車の窓に映る自分の顔は、少し疲れていた。

 でも、その瞳はまだ負けてはいなかった。


 ――私も戦う。

 やり方は違う。でも、私にしかできないやり方がある。

 真っ直ぐに積み上げて、直也に「玲奈がいるから大丈夫だ」と言わせてみせる。


 唇を噛みしめて、そっとスマホを握った。

 未読のメールが光っている。取引先からの追加依頼。

 小さな案件だが、今夜中に返せば確実に評価に繋がる。

カルフォルニアのAIスタートアップ・ベンチャーDeepFuture AIからの連絡

 五井が既に投資している先だ。

 日本のビジネスアライアンス先の紹介を依頼してきている。


 深呼吸して、私は返信画面を開いた。


 亜紀さんみたいに“女狐”にはなれない。

 でも私は、私のやり方で――必ず直也の隣に立つ。

 本当に女を使うときが来るなら、それは……この気持ちを、彼に伝える時だけ。


 そう心に決めながら、私は指先を動かし続けた。

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