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プロローグ3:一ノ瀬直也

 それはあまりに突然すぎる出来事だった。


 ゴールデンウィークの最中、父と義母は二人だけで『新婚旅行』と称して山形方面まで出かけた。


 オレは仕事が忙しくて連休と言えども半分はオフィスに出ているし、義妹―保奈美―は高校生のオリエンテーション合宿があった。


その父と義母が乗っていた観光バスが、移動途上の国道でスリップして大きく横転し崖下に転落した。ニュース速報で「死者多数」と報じられた時点では、まだどこか他人事のような感じしかしなかった。しかし、警察から連絡が入り、義妹を連れて現地にほど近い病院に駆けつけ、白いシーツに覆われた二人の姿を実際に目にした瞬間、すべてを現実として受け入れざるを得なくなった。


 あまりにも理不尽だった。


 新しい人生を歩み始めたばかりの父と、その幸せを心から喜んでいた義母。ようやく掴んだはずの未来は、一瞬で奪われてしまったのだ。

 呆然と立ち尽くすオレの背後で、嗚咽を漏らしていたのは――保奈美だった。


 十六歳。幼少期に実の父と母が別れる事となり、母一人子一人で育ってきた、今度はその母を失い、再婚して間もない義父―オレの父―まで失った女の子。

 その震える肩を見たとき、胸の奥に、オレ自身の父親を喪った哀しみを超える、保奈美の境遇への強い痛みが走った。

 オレは悲しんでいる場合ではない。この子だけは守らなければならない。


 葬儀は慌ただしく準備される事となった。


オレや保奈美の遠縁の親戚たちも集まる事となったが、それだけでなく、喪主となるオレ自身の会社や、それからオレの学生時代の同級生なんかも、それなりの人数が、わざわざゴールデンウィーク明けた後の週末に参列してくれる事となった。


一番の関心事は、今後の保奈美をどうするかだ。

 「血の繋がりもないのに、微妙な年齢差の男と同じ家で2人だけで生活なんて、大丈夫なのか」

 「普通なら、高校卒業までは、どこか施設に預けるしかないんじゃないか」

 そんな声も聞こえてくる。

現実的に考えれば、そういう懸念は極めて全うと言うべきだろう。

 オレ自身はそもそも遠くない時期に実家を出て、一人暮らしするつもりでいた位だから、誰に心配されるものでもないが、保奈美は未だ高校1年生だ。


しかし、これまで母子家庭で生活してきた義母と保奈美は、そもそもそこまで頼れる親戚や、生活の面倒を見てくれるような存在など一つもなかったのだ。

 遠縁の親戚筋にしても、保奈美を引き取ろうとはしない。責任の重さを口にはするものの、結局は関わりになりたくはないのが本音なのだ。


 保奈美は、可哀想に、お通夜の前から悄然として母の棺の前で涙を流し続けている。

 ずっと彼女を守り、一人で育ててくれた母親が亡くなった事の重みというのは、既に社会人として仕事をしているオレが父親を亡くした事の重みとは全然比べ物にならないだろう。


 保奈美は、明るく、礼儀正しい、それでいて控えめな性格をしている。

 身内びいきでも何でもなく、可憐で、可愛らしい容姿をして、まだ16になるかならないかとの女の子なのだ。

 そういう女の子がこの先の事を考える暇も与えられずに、施設で生活などしていけるものだろうか?


 だったら――答えは一つだ。


 「保奈美は、オレが育てます」


 通夜の席でそう宣言したとき、場が一瞬静まり返った。

 誰もが驚いた顔をしていたが、オレの意思は揺るがなかった。

 社会人としてまだまだ駆け出しと言っていい二年目。総合商社での仕事は相当に激務で、現状は国内を拠点とするIT領域を対象とするセクターに所属しているが、今後海外赴任する機会も充分に有り得る。

しかし、今、目の前で悄然として涙を流し続けている妹を、そういう事情を言い訳として、無責任に施設に預ける事などオレは出来ない。

 オレが高校生の時、まだ化学会社の役員をしていた父は、母が亡くなった後、仕事と折り合いをつけるようにして、オレとの生活を優先してくれた。

大切な人を守るのは、家族でなければならない。血の繋がり云々よりも、とにかく、この春からオレと保奈美はもう家族なのだから。


 帰宅後、仏壇に並べた二人の遺影を前にして、保奈美が小さな声で言った。

 「……直也さん、私、これからどうすればいいのかな」


 その震える声に、オレはまっすぐ答えた。

 「大丈夫だ。オレがいる。オレと保奈美ちゃんとは、もうたった2人の家族なのだから、オレが保奈美を守ってやる。だからいつまでも泣いていないで、一緒に頑張ろう」


 保奈美が潤んだ目でオレを見上げ、ぎゅっと唇を噛みしめながら、頷いた。

その様子を見て、オレの中で迷いは完全に消えていた。

 たとえどれだけ大変でも、この子を守り抜こう。

 ――それが、父と義母から受け継がれたオレに課せられた使命なのだ。

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