第29話:一ノ瀬直也
帰りの東北新幹線。
窓の外は暮れなずむ東北の山並みが流れていく。
車内のざわめきの中で、オレはノートPCを開き、視察のメモを資料に落とし込み始めていた。
――クリティカルパス。
それはもう明確だった。
「地熱拡張」+「温泉街との調整」+「行政による特区指定」。
この三つを突破できなければ、AIデータセンター構想は砂上の楼閣に終わる。
逆に言えば、この三つを突破できれば、十分に実現可能性がある。
問題は、誰がそのリスクを最初に背負うのかだ。
ウチの資源セクションは慎重だ。電力会社も、行政の後押しが見えなければ大規模投資には踏み込めない。
だからこそ、まずは我々ITセクションが――リスクを背負ってでも「国策レベルの事業を牽引する姿勢」を示す必 要がある。
「本事案は、総合調整役としてのポジションを獲得する為にも、我々がファーストペンギンとして動く覚悟が試されます」
そう資料の冒頭に打ち込んだ。
AI需要という大波に、今このタイミングで乗れるかどうか。
これはITセクションの未来を左右するどころか、日本の産業構造そのものを変え得る挑戦だ。
オレの指は自然と速く動いた。
骨子はすでに頭の中に出来上がっている。
必要なのは――それを社内と関係者に伝えるための「物語」と「数字」だ。
◆クリティカルパス
•既存井戸活用+モジュール方式(リスク分散)
•特区指定による国の支援導入
•温泉街との共存策(観光還元+振興基金)
•自営送電線による安定供給網確保
◆突破方針
•当社が率先してリスクを負い「最初の投資」を実施
•JV設立に向けたアライアンスパートナーとの協議
•国策レベルでの後押しを得るための政策提言チーム立ち上げ
画面に浮かぶ文字列を見つめながら、小さく息を吐いた。
――これがオレの戦場だ。
※※※
新幹線が大宮駅を出る直前、亜紀先輩に声をかけられた。
「直也くん、帰りに軽く飲んでいかない? もう少し話したいこともあるし」
一瞬迷ったが、首を横に振った。
「すみません。今日は……家に戻りたいんです」
「……まるで新婚の旦那さんが奥さんの元に急ぐみたいじゃない」
亜紀先輩はわざと拗ねたように唇を尖らせる。
「いや、そういうわけじゃ……」
「ふーん。まぁ、そういうなら仕方がないけれど」
結局、膨れっ面のまま「これは貸しだからね」と冗談めかして言われ、オレは苦笑するしかなかった。
だが――気持ちは揺らがなかった。
オレには、守るべき「家」がある。
盛岡駅に少し早めに到着したオレは、近隣にある土産物売り場で、短い空き時間に保奈美の為にお土産を買っておいた。その包みがカバンに入っている。
草木染めのストール。
季節外れの贈り物かもしれないが、保奈美は喜んでくれるのではないだろうか。
保奈美に似合いそうなピンク色の草木染だ。
「ただいま」と帰ったときに、あの笑顔が見られれば――それだけで、今回の出張の疲れなんて吹き飛ぶ気がする。
窓の外に広がる夜の街明かりを見つめながら、オレは資料作りに再び指を走らせた。




