第28話:一ノ瀬保奈美
真央に教わったナチョラルメイク。
その日から、私はすぐに練習を始めた。
「いい? まずはスキンケアでちゃんと保湿してからだよ」
「ほ、保湿……?」
「そう! そこから始めなきゃダメ。で、下地は薄く。ファンデは要らないって言ったでしょ。パウダーでテカリを抑えるだけで充分」
真央はまるで家庭教師みたいに、ひとつひとつ丁寧に教えてくれる。
眉の形を少し整える。アイシャドウはベージュをさらっと。マスカラは一度だけ。リップはほんのり色づく程度で。
「ほら、このくらいなら“してます感”が出ないでしょ?」
鏡に映った私は――ほんの少しだけ大人びて見えた。
「……すごい。これなら、私でも出来そう」
「うん。男子なんてイチコロだよ。コレ、私は『男イチコロメイク』と命名しています」
「えっ!? ちょ、ちょっと真央っ!」
慌てて顔を赤くすると、真央はケラケラ笑った。
「冗談冗談。でも、保奈美が本気出したらほんとに危ないんだから」
……危ないって何が? 私は首を傾げながらも、内心はちょっとドキドキしていた。
その日の夕方。
台所に立った私は、真央に教わったメイクをした自分の顔を鏡で確認しながら、夕食の準備を始めた。
メニューは、粗挽きのハンバーグとコーンスープ。
ハンバーグは「ベターマイホーム」の料理本に載っていた基礎メニュー。
そしてコーンスープは――あの魔法のノートに「直也が大好き」と赤字で書き込まれていた一品。
「……よし、頑張ろう」
玉ねぎをじっくり炒める。粗挽き肉をこねながら、手の中でじんわりと温かさを感じる。
スープ鍋では、裏ごししたコーンと牛乳を温めていく。レシピ通りの分量でも、何だか特別なおまじないをかけているみたいだった。
「おかえりなさい、直也さん」
頭の中でリハーサルしながら、お皿をテーブルに並べる。
鏡に映る「背伸びしたナチョラルメイクの私」が、「頑張って料理を用意して待つ私」と重なって――。
……これって、どう見ても、新妻が旦那さんを待っているみたいじゃない!?
「な、なに考えてるの私っ……!」
思わず顔が真っ赤になる。両手で頬を覆っても熱が収まらない。
でも――もし、直也さんが「美味しい」って笑ってくれたら。
もし、「コレ食べたかったんだよ」って言ってくれたら。
……その一言だけで、私はきっとどんな努力だって続けられる。
コンロの火を止めながら、小さく息を整えた。
「さぁ……直也さんを、ちゃんと迎えなきゃ」
胸の奥で鳴る鼓動は、料理の湯気よりも熱く響いていた。




