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閑話2.母の面影(ラテ視点)

残酷描写あり、かもしれない。


わたくしの名前は、ラテですの。

あるじさまにつけていただきましたの。


わたくしたち魔物に、本来名前はありませんの。

誰かにつけてもらって初めてネームドモンスターという個になりますの。

これは、お母様に教えていただきましたの。

一番簡単に名前を得る方法は、人間にテイムされること。

これはテイムを解消したらまたネームドではない通常のモンスターに戻るらしい、ですの。

または、すごく強い存在から名前をいただくこと。

それが神であるか精霊であるかはわかりませんが、そういう存在に名前をいただくと、唯一のモンスターになるそうですの。

お母様も会ったことはないそうで、うわさによるとドラゴンとか、そういうすごい一部の魔物にその栄誉があったそうですの。

すごいですの。


わたくしは、オーレンの森という場所で生まれましたの。

種族はシルスパイダー。とても綺麗な糸を作れるという蜘蛛の魔物ですの。

わたくしは、兄弟姉妹の中で一番卵から孵るのが遅く、卵の中で死んでしまったのではと思われてたそうです。

孵った時は、お母様もお兄様もお姉様もたくさん喜んでくれたそうですの。

同時期に産まれた卵は5つ。姉が2匹、兄が2匹。わたくしは孵るのが遅かったので末っ子ですの。

ただ魔力は一番強かったそうで、孵ってすぐにお母様たちと意思疎通ができましたの。



「あらあら、娘よ。どういたしましたの?」

「おかあさん、おねえちゃんがなにいってるのかわからないの」

「あらあら、大丈夫ですのよ。お母様にはわかりますからね」

「おかあさん、すごいの」

「そうだぞ、妹よ。我らの母様は凄いのだぞ。この縄張りの長だからな」

「あらあら、息子よ。娘にはまだ早いですわ」

「しかし母様、この妹は魔力が強い。いずれ母様の後を継ぐかもしれんのだぞ。教えられることは教えるべきなのだ」

「あらあら、でもまだ孵って一週間ですのよ。まだのんびり育ってほしいですわ」

「むう、母様がそう言うなら」

「おにいちゃん、むずかしいのー」

「まだ他の兄弟姉妹は意思疎通もままならないのです。もう少しゆっくり成長を待ちましょう」

「むう、そうか…」

「おにいちゃん、あそんでほしいのー」

「妹よ、兄は今から巡回に行かねばならぬのだ。遊ぶなら後でだぞ」

「はーい」



大好きなお母様、優しく強い一番上のお兄様。わたくしは恵まれた環境で生まれたと思いますの。

ええ、恵まれていましたの。わたくしが、生まれて2ヶ月を迎えるまでは。

卵から孵って1ヶ月も経てば、兄姉との意思疎通もできたし、色々わかってきましたの。

わたくしは兄弟姉妹の中で一番魔力が強い。ただ、強い分コントロールがうまくいきませんでしたの。

兄や姉が普通に糸を出せる中、わたくしだけが歪な糸しか生成できませんでしたの。

魔力が強く込められてる部分と薄い部分がまだらで、見た目も太さが均一じゃない、とってもブサイクな糸でしたの。

兄や姉は、込められる魔力こそ多くはなかったけれど、魔力が均一に込められていて、綺麗だなと思いましたの。さすがお兄様とお姉様ですの。

わたくしだけがうまくいかなくて、でもお兄様もお姉様もお母様も一生懸命教えてくれましたの。

今魔力が強くなったから気を付けてと、背中をぽんぽん叩いて教えてくれて、何度も練習しているうちに、少しずつ綺麗な糸になってきましたの。

お母様のような綺麗な糸を出したいと目標があったから頑張れましたの。

練習を始めて少し経った頃、ナワバリに現れた人間。初めてのことにびっくりしたけど、これはたまにあることだとお兄様に教わりましたの。



「あの人間は大丈夫なのだぞ。我らを傷つける者ではないのだぞ」

「そうなの?」

「母様の糸を求めてやってきたのだぞ」



葉っぱの影に隠れて盗み見た、初めて見る人間という存在。

何か音を出しているけど、それが何かはわかりませんでしたの。聞けばどうやら人間の鳴き声らしいですの。意味はわかりませんが。

お兄様曰く、あの人間はお母様の糸に心酔している人間で、たまに糸を求めてここまでくるのだとか。

その時は、何だかとても綺麗な塊を持っていましたの。お兄様が「あれは服だ」と教えてくれましたの。



『あなたが前にくれた糸で、こんなに綺麗な服が出来たんです!光の加減で模様が変わって見えるんですよ!ありがとうございます!』



何を言ってるのかはわかりませんでしたの。

でも、とても喜んでいるのだな、ということはわかりましたの。

お母様の糸をとても喜んでいると、心酔してるのだと、言葉はわからなくても、それははっきり感じましたの。


すごいなあ。


素敵な糸を出すお母様も、その糸を使って、あんなに綺麗なものを作る人間も。

すごい、とてもすごい。自分にも出来るだろうか、あんな風に、喜んでくれる誰かに糸を渡したら、素敵なものを作ってくれるだろうか。

この盗み見た一幕が、わたくしにとっては素晴らしい光景で。とても羨ましく思いましたの。



「おかあさん、わたしもお母さんみたいな糸、出せるの?」

「あらあら娘よ、あなたはわたくしの娘ですよ。出来るに決まっているではありませんの」

「ほんと!?やったー!」

「妹よ、練習せねばならんのだぞ。母様のような糸を出すにはまだまだ未熟なのだぞ」

「頑張るの!」

「妹、お母さんを目指すの?じゃあ練習ね」

「俺よりすごい糸出せないと無理だぜー」

「頑張るのー!」



それから頑張って、何とか均一な糸を出せるようになった頃には、生まれて2ヶ月が経っていましたの。

いつも通り練習して、巣の奥の方で寝ていると、突然みんなが騒ぎ始めましたの。

兄も、姉も、母も、仲間も。みんなが叫んで慌てて、大変なことが起きたとだけわかりましたの。

ただ、仲間の声に混じり、聞いたことのあるようなないような音が聞こえましたの。


―――人間の、声。


あの時の人間の声じゃない。でも音は似てる。同種族の別個体、ということはわかりましたの。

あの時、兄は何といった?


()()人間は大丈夫なのだぞ。我らを傷つける者ではないのだぞ』


つまり、傷つける人間というのもいるということ。

今、ここに現れたのは、わたくし達を傷つける人間。

平和しか知らない森の中で暮らしていたわたくしには、想像さえできませんでしたの。

自分を殺そうとする存在が、あんなにも醜悪だったなんて。

母の逃げろと言う声が聞こえる。逃げなければ、と思う。そして、同時に、どこに?とも。

どこでもよかったのかもしれない。この場から離れさえすればよかったのかも。

けど、その時のわたくしはそんなことにも気づけず、頼りになる母や兄の姿を探すしかできませんでしたの。


母の声はする。…兄は?あのいつでも尊大で優しい兄は一体どこに?


いつもと違って何だか周りが熱い。それが、森に火をつけられたからだと知ったのは後のことでしたの。

身を守ってくれていた巣も葉っぱも木も、どんどん剥がされて、逃げ場がなくなって。

何かが目の前を過ぎていった。それが、わたくしより少し早く孵った姉だと気づいて、動きが止まる。

姉は、動かない。いつも糸を出す時にコントロールが甘いと厳しく優しく教えてくれていた、大好きな姉。

足がない、いや、体の半分、頭も、ない。私がいないとダメなんだからと言っていた、優しい姉の変わり果てた姿。



「―――娘よ、逃げなさい!」

『おっ小せえ蜘蛛がいるぞ!子蜘蛛か!これなら御しやすそうだ!』



人間の、手が伸びてくる。

あの手が、姉を殺したのだろうか。頭と体の半分がない姉は、いつもより小さく見えた。

いつもなら、本当なら、わたくしが一番小さかったのに。孵ったのが遅かったせいか、わたくしはあまり大きくならなくて。

だからこそ、兄姉はわたくしを心配していた。魔力は多くても足も一番遅くて糸の使い方も下手だったから。

ああ、また、心配をかけてしまうかもしれない。人間の手から逃れられない。ここで、死ぬ…



『っ、ぐあ!』



綺麗な糸が、人間の腕を絡めとっていた。

お母様の、綺麗な糸だ。こんな汚い人間の腕なんかに絡まっていていいものじゃない。

わたくしのせいで、こんなものにお母様の糸が使われるなんて。

精一杯の動きでその場から離れる。さっきの人間はいつの間にか倒れていた。お母様が殺したのだろうか。

だとしたらもう安心―――…



『こいつか、子蜘蛛!』

『連れてけ!足の一本や二本はなくてもいい!糸が出せりゃいいんだ!』



後ろから、横から、どんどん人間が出てきた。

一体何が起きているのかと、その時初めて周りを見渡して…地獄が見えた。

燃える森、何かが抉れる音と倒れる音、横たわる多数の人間と、仲間の、家族の、体。どれも何かが欠けていて、命がないのがわかった。

土が何かを貫いているのは、魔法だろうか。そういえばわたくし達の大多数は土魔法が使えた。

迫る人間を何とか躱し、駆けるが、どうすればいいのだろう。いつもなら森の、葉っぱに紛れるのにそれがない。

素早く動く人間に捕まって、痛みを感じると同時に死が見えた。

けどそのすぐ後に人間の手が緩んだので逃げ出せた。



「…逃げなさい、娘よ!」



手が緩んだのは、母が助けてくれたからだった。

母が、糸を出して、魔法を放ち、時には噛みつき、人間を殺して、殺して、殺して、殴られ―――…



「く…っ!」

「おかあさん!」



もうどれだけの人間を殺したのか、母は人間の血で染まって、いつも真っ白で綺麗な母とは全然違っていた。

足も一本なくなって、体がひしゃげていた。不格好な母を、それでも美しいと思った。

家族を、仲間を守ろうと戦う母は、この上なく綺麗で美しかった。

それでも際限なく人間は湧いてくる。一体どれだけいるのだろうか。

かろうじて身を隠した枝の束も、火がついてすぐ燃えてなくなりそうだ。


どうしてこんなことになったのだろう。

何か、悪いことをしたのだろうか。

うまく魔力を使えなかったから?コントロールが下手だったから?

お兄様が、忙しいって言うのに、遊ぶのを強請ったから?

巣を張る練習をする兄姉に、自分も参加したいって文句を言ったから?

もっと、強ければ、もっと、うまく魔力が扱えれば、こんなことにはならなかったのだろうか。



「娘、よ。逃げ、なさ…」

『手こずらせやがって!死ねえ!』



人間の、汚い声とともに、母が潰され―――…



「あ、あぁあ、あ…!」

『いたぞ、さっきの子蜘蛛だ!』

『よし、捕まえろ!』



人間に見つかって、母を殺した人間が手を伸ばしてきて―――…



「ぅ、ああああああ!!!」

『…ガッ!?』



手を躱し、腕を駆け、喉に噛みついた。同時に糸を出し、鼻と口を塞ぐ。

人間は呼吸をここからしているといつか聞いた。呼吸を止めるだけなら、不格好な糸でも充分だ。

何が決め手かはわからなかったが、母を殺した人間は、死んだ。



《シルスパイダーがレベルアップしました》

《シルスパイダーのレベルが1から8になりました》

《糸操作スキルを習得しました》

《土魔法スキルを習得しました》

《強化スキルを習得しました》



何かが聞こえたけど、気にしている余裕はなかった。

けど、出来ることが増えたと直感でわかった。

人間たちが慌てたのは一瞬、すぐこちらに向かってくる。

元よりシルスパイダーを殺すために来ているのだ。同胞が死ぬのも想定内なのだろう。

数は力なのだぞと兄が言っていた。シルスパイダーの群れより人間の群れの方が強く、多かった。それが全てなのだろう。

ただ、それに納得がいっていないだけで。

捕まるのだとしても殺されるのだとしても、一矢報いなければ我慢できなかった。



「ああああああああ!」



めちゃくちゃに動いて、糸を出して魔法を放って噛みついて、それを繰り返す。

頭の中を色々何かが駆け巡って、その度に出来ることが増えた気がした。

体が強くなったような、大きくなったような、成長したような、そんな不思議な感覚。

噛みついた時に何かを注入できるようになってからは、早かった。どんどん人間の数が減っていく。

中には逃げようとする人間もいた。が、逃がさない。母を、兄姉を、仲間をこんなにした奴らを許さない。


初めて感じる感情に振り回され、ただただ目の前の命を刈り取ることだけを考えた。



《シルスパイダーがレベルアップしました》

《シルスパイダーがベルスパイダーに進化しました》

《ベルスパイダーがレベルアップしました》

《ベルスパイダーがフォレタランチュラに進化しました》

《毒牙スキルを習得しました》

《猛毒スキルを習得しました》

《フォレタランチュラがレベルアップしました》

《フォレタランチュラがアースタランチュラに進化しました》

《石化毒スキルを習得しました》

《麻痺毒スキルを習得しました》

《アースタランチュラがレベルアップしました》

《アースタランチュラがヴェノムタランチュラに進化しました》

《毒魔法スキルを習得しました》

《付与魔法スキルを習得しました》

《ヴェノムタランチュラがレベルアップしました》



気づけば、自分以外に生きているものはいなかった。

動くものがいなくなって、やっと自分の姿が変化していることに気づいた。

さっきから何度も聞こえていた声も鳴りやんだ。



「…白く、ない…」



シルスパイダーは模様以外真っ白だ。なのに自分の足は白くなかった。それどころか、毛のようなものがあった。

血で染まったわけではなく、まったく別のものになっているのだと、やっと気づいた。



「わたし、シルスパイダーじゃ、なくなった…」



自分の体の中を巡るものに気づいて愕然とする。

同じ蜘蛛の魔物でも、有毒の魔物になってしまったらしい。

ああ、目の前の敵を殺さなければという考え方は、本能のようなものは、このせいだったのだろうか。

いや、母を殺されて、相手を殺さなければと考えてしまった時点で、有毒のタランチュラへの進化条件を満たしてしまったのかもしれない。

理由はわからない。ただ、タランチュラになってしまった事実は変わらない。



「お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、わたし、仲間じゃなくなったの…」



タランチュラは好戦的で、スパイダーを見下している部分があるそうだ。

なので、タランチュラは味方と思うなと教えられた。

攻撃力や魔力に優れた種族とわかってはいるけれど。



『おかあさん、わたしもお母さんみたいな糸、出せるの?』

『あらあら娘よ、あなたはわたくしの娘ですよ。出来るに決まっているではありませんの』

『ほんと!?やったー!』

『妹よ、練習せねばならんのだぞ。母様のような糸を出すにはまだまだ未熟なのだぞ』

『頑張るの!』



わたくしの目標は、母のような糸を出せるようになることで。

いつか、人間に糸を渡して、素敵な布を、服を、作ってもらう、ことが…



『タランチュラは、糸を巣作りや攻撃にしか使わない野蛮な蜘蛛なのだぞ!いや、強いのはわかっているのだが、どうにも好かぬ!』



糸を、攻撃にしか…



「あ、あああ、ぅあああ…!!!」



もう、綺麗な糸を出すという目的で、糸を出すことは叶わないのだろうか。

今はこう思っていても、タランチュラの本能に負けてしまうのだろうか。

いつか、ただの攻撃手段にしか、思わなくなるのだろうか。

あの時見た人間の嬉しそうな顔を、わたくしは見ることができないのか。


その場にいたくなくて、燃え盛る森と、大量の敵と仲間の亡骸に背を向けて駆け出した。

逃げなさいとの、最期の母の言葉、こんな形で叶えたくはなかった。

ちらりと見えた大量の仲間の亡骸の中に、長兄の姿が見えなかったのがせめてもの救いだろうか。

どこかで生きていてくれるだろうか。逃げ出してくれていればいい。




しばらく駆けて、見知らぬ森を移動して、故郷に似た森に辿り着いた。

もうあれからどのくらい経ったのだろうか。あの森で生きてきた年数と同じくらいかもしれない。

通ってきた道に、蜘蛛はいたけれどすぐに逃げられてしまった。スパイダーだった。

そうか、タランチュラだから逃げられたのか…

出来るだけ怖がらせたくなくて隠れるように、誤魔化すようにと考えながら進んできた。

形状変化というスキルを覚えたのはこの頃だ。

見た目だけならスパイダーになれた。でも内から沸き上がる闘争本能のようなものは誤魔化せなかった。

動くものを見つけると、狩らなくてはと思ってしまう。シルスパイダーの時は、ここまでじゃなかった。

お腹が空いているからだろうか。


糸を出す。無意識に毒を込めてしまう。

違う、そうじゃなくて、敵を仕留めるためじゃなくて、綺麗な糸を出したいだけで。

そう思っていても体は勝手に毒を付与する。意識しないと毒を帯びない糸は出せなくなってきた。



「ちがう、わたしは、シルスパイダー。おかあさんみたいな、きれいな糸を…」



でも足は毛の生えた暗い色で。



『あらあら娘よ、どうしたんですの?』

『おかあさん、おかあさんみたいな糸が出せないのー』

『お母様のような糸を出すにはたくさん練習が必要ですのよ』



毒は帯びなくても、母には遠い出来の糸。



『わたし、お母さんみたいになるのー』

『あらあら娘よ。そう思ってくれるなんて嬉しいですわ』



種族さえ変わってしまった。糸を出す腕前は上がっても、前より母から遠くなった。



「お母さん…お母様…」

『あらあら娘よ、お母様はここですよ』

「お母様…遠いの…遠いですの…」

『わたくしの娘、頑張るのですよ』

「わたし、わたくし…頑張って、ます、の」

『娘はとても頑張り屋ですのね』



記憶にある母をなぞる。姿はまがい物でしか似せられない。言葉も、似せようとしても何か違う。

遠い、遠くなってしまった母の姿。綺麗で、美しい母。

ぼろぼろにされた姿でさえ綺麗だった。今のわたくしはどうだろう。

思い描く姿と程遠い存在になってしまったわたくしは、これからどう生きていけばいいのだろうか。

まだ生まれて一月しか経っていない頃に誓ったことさえ、叶えられない。


誰が欲しがる、毒蜘蛛の出した糸なんて。

誰が、それを使って服を作ってくれるというのか。



「ぅ、ぅえ…っ」



体が熱くなって叫び出したくなる。

けどこの森には弱い魔物が多くて、わたくしが大声を出せば威嚇音だと驚かれてしまう。

それでも、大声でも出せなければ、体の内から湧いてくる衝動を発散させなければ、今までの考えが全部塗り替えられてしまいそうで。


体の内から、糸は攻撃に使えばいいだろうと叫ぶ声がする。

今までの本能から、糸は綺麗で素晴らしいもの、攻撃よりいい使い方ができると囁く。


だんだん、体の内から湧く声が大きくなってきた。

いつまでシルスパイダーの時の想いを忘れずにいられるだろうか。



「おなか、すきましたの…」



狩りはしなければ生きていけない。巣も最低限で、獲物がかかる可能性は低い。

熱感知で獲物を探す。単独で、何もない場所をうろうろしている魔物を見つけた。



「これで、いいですの…」



空腹で考えがまとまらないけど、ひとまずお腹を満たすことを最優先にする。

獣型の魔物を狩り、巣に運ぶ。別にその場で食べてもよかったけど、何となく姿をさらしたままは落ち着かなかった。


だって、タランチュラは怖がられてますの…


お腹を満たして、ふと考える。群れを作る魔物なのに何故単独だったのだろうか。

群れを離れて狩りをしていた?その割に、あの場には何も…

いや、何もなかっただろうか?何かを感じなかっただろうか?

空腹が満たされたことで思考が晴れてきて、気づいた。

前に感じたことのある、気配がしたような…?



「前…?前って、いつですの…?」



故郷の森だろうか。そうだった気がする。薄い、気配と感じるものかもわからない何かを感じた。

ともすれば、すぐ消えてしまいそうで。



「…急ぐですの」



すぐにさっきの場所に戻らなければならない気がした。

出来るだけ早く駆けて、駆けて、気配を察知した。何もない、でも感じる。熱感知が反応している。

これは、人間の気配だ。


さっきの場所へ駆けていると、途中でその気配に行き当たった。

じっと見ていると輪郭が見えてくる。

人間、四体。前に見たのより小さい気がするのは子供だからだろうか。

そのうちの一体に、ひどく心揺さぶられる気配がした。


この人間たちが着てる服、の、魔力の素。


もしかして、あの時の母からもらった糸に喜んでいた人間と同じ、服を作る人間だろうか。

もしかして、もしかしたら、糸を渡したら、服を作ってくれる、かも…

塗り替えられそうになっていた本能が弾けて広がり、飲み込もうとしていた本能が内に押し込まれる気がした。

あの時感じた、いつか叶えたいと思った願い。自分の糸を使って、作品を…


自分のことを警戒してるのはわかっていたけど、それでも望みが叶うかもしれないと、そんな希望を抱いて一歩踏み出した。




結果、ラテの望みは叶ったですの。

その時の人間にテイムしてもらって、名前をいただけて、ラテになりましたの。


あと気になっていた、ラテがいた森。ひょんなことから顛末を知りましたの。

人間が襲ってきたのは、あの時会いに来てた人間とはまったく関係ない人間の仕業だったそうですの。

お母様の糸を喜んでいた人間が無関係だったと知って安心しましたの。むしろ騒ぎに怒ってそうですの。

そして、仲間が少しとはいえ残ってると聞いて安心しましたの。

もしかしたら、その中にお兄様がいるかもしれませんの。だって、あそこで見かけなかった。

あのお兄様なら、あんな状況で逃げるわけありませんもの。戦いますもの。

魔力はお母様に負けてたけど、お兄様はとても強いシルスパイダーだと教わってましたもの。

もしかしたら、お兄様が新たな長になってるかもしれませんの。

…もう、確かめることはできませんけども。


人間をたくさん殺したなんて、あるじさまに知られたら嫌われてしまうかもですの。

もう糸はいらないと言われたら、どうしよう。

いつか、あるじさまと話せるようになったりしたら聞いてみるですの。

その時は、悲しいけど離れるしかないですの…


その時まで。

その時が来るまでは、ラテはあるじさまのために、あるじさまの友達のために頑張りますの。

何だか後輩も出来ましたし、ラテはたくさん頑張りますの!


でも後輩の方が強いですの!ラテのこといらないって言わないでほしいですの!


ラテはシルスパイダーとして2ヶ月、ヴェノムタランチュラとして2ヶ月生きてきた。

ちょうど同じ年数を生きていて、本能がヴェノムタランチュラ寄りになってきたところだった。

これからはヴェノムタランチュラとして生きる日々が長くなることもあり、シルスパイダーとしての本能が上書きされそうになっていた。

ナズと会ったのはそんな2つの種族の本能で揺れている時期。

ナズが被服スキル持ちなことと戦闘を怖がる質なのもあって、ラテはヴェノムタランチュラよりシルスパイダーの本能に寄ることになった。

従魔なので、つながっているため。ナズが好戦的な性格だったらヴェノムタランチュラ寄りになったかもしれない。

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