エピローグ 見つけたもの
朝。
まだ誰もいないレッスンルーム。
音楽が流れていた。
一乃瀬紡は、鏡の前で同じ振付を繰り返している。
止める。
戻す。
もう一度。
「……違うな」
また最初から。
何度目かの途中で、扉が開いた。
「おはよ」
新宮楓花だった。
紡の動きが止まる。
「……見た?」
「見た」
「最悪」
反射的にそう言ってから、紡は音楽を止めた。
少し前なら。
ここで適当なことを言って、練習をやめていた。
――努力しているところを見られるのは、恥ずいから。
「紡、何時からいるの?」
「今来た」
「嘘」
「なんで」
「汗」
「……暑いから」
「今日、寒いよ」
「楓花って、たまに嫌なところ鋭いよね」
「たまに?」
紡は笑った。
そして、もう一度鏡を見る。
汗だくで。
髪も少し崩れて。
全然格好よくない自分。
でも。
逃げようとは思わなかった。
「……楓花」
「ん?」
少し迷って、紡は言った。
「見てて」
楓花が一瞬だけ目を丸くした。
「いいよ」
それだけだった。
◇
音楽を戻す。
最初から。
紡は踊った。
間違える。
直す。
もう一度。
今度は、誰かに見られていても止めなかった。
曲が終わる。
息を整えて、楓花を見る。
「……どうだった?」
また、楓花が少し驚いた。
「何、その顔」
「いや」
「何?」
「紡から聞くんだと思って」
「悪い?」
「ううん」
楓花は笑った。
「ちゃんと、本気だった」
紡が眉を寄せる。
「だった?」
「ずっと」
その一言で、何かが引っかかった。
――誰かが落としたものには、すぐ気づくのに。
――自分のは、全然気づかない。
「あ」
小さく声が出た。
紡は鏡を見る。
選抜に入る前から。
選ばれなかった日も。
センターになった日も。
表紙に立った日も。
ずっと、ここにあった。
なくしたわけじゃなかった。
ただ、見ないふりをしていただけだった。
「……見つけたかも」
楓花が首を傾げる。
「何を?」
「楓花が言ってたやつ」
少し間を置く。
「落とし物」
楓花は、
何だったのとは聞かなかった。
ただ、
「そっか」
と笑った。
それで十分だった。
◇
紡は音楽を最初まで戻した。
「もう一回やる」
「うん」
スタート位置につく。
そこで、
紡は振り返った。
「……楓花」
「ん?」
「見ててね」
「うん」
音楽が流れる。
一乃瀬紡は前を向く。
もう、隠さなかった。
ふざける自分も。
優しさの見せ方が下手な自分も。
そして――
誰より本気だった自分も。
鏡の中で、紡が少しだけ笑った。
見つかってしまうのも、悪くなかった。




