プロローグ くるみを割るには静かすぎる
選抜発表の日。
16人が揃った部屋は、気持ち悪いくらい静かだった。
誰もスマートフォンを見ない。
誰もお菓子を開けない。
誰も、目を合わせない。
一乃瀬紡は、そんな15人をぐるりと見た。
「ねえ」
全員の視線が集まる。
紡は真顔で言った。
「この空気で今くるみ割ったら、怒られる?」
「怒られるでしょ!」
舞崎莉緒が即答した。
「しかもなんで今!?」
「いや、静かだから割りやすいかなって」
「関係ない!」
笑いが起きた。
小さくて、くだらない笑い。
それでも、誰かが息を吐いた。
誰かの肩から力が抜けた。
新宮楓花だけが、紡を見ていた。
「……何?」
「別に」
「その顔やめて。惚れるよ」
「はいはい」
紡は笑った。
やがてスタッフが入ってくる。
空気が、もう一度張り詰めた。
名前が、一人ずつ呼ばれる。
一人。
また一人。
紡は膝の上で手を組んだ。
笑っていた口元が、少しずつ動かなくなる。
最後の名前が呼ばれた。
そこに――
一乃瀬紡は、いなかった。
「以上です」
沈黙。
紡は一度だけ俯いて、すぐに顔を上げた。
「……よかった」
莉緒が振り向く。
「何が?」
「くるみ持ってこなくて」
「まだ言ってる!」
また、笑いが起きた。
紡も笑った。
◇
みんなが部屋を出たあと。
紡は一人、発表された名前を見ていた。
静かだった。
今度は、変えなくてもいい空気だった。
「……そっか」
それだけ言った。
悔しい、と口にするのは。
本気だったと知られるみたいで、
なんとなく恥ずかしかった。
だから紡は立ち上がる。
「帰ろ」
誰もいないのに、明るく言った。
このときの紡は、まだ知らない。
落としたものは、
落とした瞬間には――
案外、気づかない。
ーー続く




