身請けと、唯衣の秘密 2
「これは……唯衣自身にも、
まだ話しておりんせん」
菊乃はそう前置きすると、
静かに唯衣へ目を向けた。
「唯衣」
「今まで隠していて、 すまなかったね」
一度だけ目を閉じ、 ゆっくりと話し始める。
「唯衣の母君のお名前は、 白石茅衣様」
「旗本のお嬢様でありんした」
「わっちは当時、
蒼月楼を任された頃でござりんした」
「芸事の師匠として、
お屋敷へ通わせていただいておりんした」
「茅衣様は、 今の唯衣より少し幼い頃から、
三味線や舞を熱心に習っておられました」
「大変お優しく、
誰にでも分け隔てなく接してくださる、
それはそれは綺麗なお嬢様でありんした」
菊乃は懐かしむように微笑む。
「……けれど」
その笑みが静かに消える。
「ある日を境に、 茅衣様のお姿は、
ぱたりとお屋敷から消えたのでありんす」
「内々に茅衣様の婚姻が決まったとか」
「それも、お相手は武家ではなく、
商家の若旦那だとか……」
「そんな噂だけは耳にしておりんした」
菊乃は静かに首を横へ振る。
「茅衣様がお屋敷を離れられてからは、
わっちもお屋敷へ伺うことはなくなりんした」
「その後のことは、
さっぱり分からなかったのでありんす」
菊乃はそっと唯衣へ目を向ける。
唯衣は一言も口を挟まず、
真っ直ぐに話へ耳を傾けていた。
その姿に小さく頷くと、
菊乃は再び語り始める。
「それから五年……
いや、六年ほど経った頃でありんしょうか」
「ある日突然、
茅衣様がこの蒼月楼へ
訪ねて来られたのでありんす」
「『城下の長屋で、 親子三人、
幸せに暮らしております』と」
菊乃の頬がふっと緩む。
「それはそれは、
幸せそうなお顔でありんした」
「わっちも嬉しゅうて……」
「思わず抱き合って 泣いてしまったことを、
今でも昨日のことのように覚えておりんす」
「それからは、
城下へ下りることがあれば、
茅衣様のお顔を見に」
「そして、
小さなお嬢様のお顔を見に行くことが、
わっちの日課になりんした」
唯衣ははっと息を呑んだ。
幼い頃の記憶。
色とりどりの金平糖。
珍しい玩具。
いつも笑顔で会いに来てくれた、
綺麗なお姉さん。
「あっ……」
唯衣は思わず声を漏らした。
「きつねえちゃん……?」
菊乃は目を丸くしたあと、
ふっと優しく笑う。
「あぁ」
「あの頃のお前さんは、
まだ三つか四つ」
「『きくの』が言えなくてねぇ」
「いつも、
『きつねえちゃん』って呼んでくれたんだよ」
懐かしそうに目を細める。
「可愛い子……」
その笑顔が、 ゆっくりと曇っていく。
「……そんな、 秋の初めの頃でありんした」
「わっちのもとへ、
一本の知らせが届きんした」
部屋の空気が変わる。
「茅衣様と旦那様が、 事件に巻き込まれ……」
菊乃は唇を強く結ぶ。
「お二人とも、 命を落とされた、と」
静寂が落ちた。
菊乃は目を閉じ、 小さく息を吐く。
「……何十年経っても」
「辛いものでありんす」
「思い出すたび、 悔しさと……」
「守れなかった不甲斐なさで、
涙がこぼれてしまうのでありんす」




