花魁の武勇伝と、チームプレー
ゴーン……、
ゴーン……。
夜五つ(20時)の厳かな鐘の音が響き、
夜の吉原が妖艶に幕を開ける。
昼間の甘い密会から数時間。
衣服を整え、
お互いにすました仮面を被り直した二人は、
再び『蒼月楼』の大座敷へと集まっていた。
夜のお座敷は、
最高級である翡翠花魁の、
とびきり粋な武勇伝で幕を開けた。
「真壁の若旦那、昨日は大変でありんした」
「あの無粋な黒崎の若様に、
わっちの大事な一日をあげちまいんしたよ。
……でもね、
あんな男には、わっちの髪一筋さえも
触れさせておりんせん」
そう言いながら、
翡翠は鼈甲の髪飾りをしゃらりと鳴らし、
レオの盃にお酒を注いだ。
翡翠花魁は、
これまでの
商売で培った完璧なお酌の技術を使い、
実成に信じられないスピードで
強い酒をガバガバと飲ませていたのだ。
さらに、
女将の菊乃の采配により、
口がキレッキレな古参の姐さん芸者たちを
代わる代わる座敷へ入れ替えた。
百戦錬磨のベテラン姐さんたちが
実成の周りを取り囲み、
賑やかに三味線を鳴らし、
太鼓を叩いて大騒ぎするため、
実成は翡翠と二人きりになる時間など
一ミリも作らせてもらえなかった。
まさに、
蒼月楼が誇る極上のチームプレー。
実成がどれだけ金と権力で威張ろうとも、
翡翠はフッと煙管の煙を吐き出しながら、
『若旦那、わっちはそんなに安い女ではござりんせんよ。
もっと粋な飲み方をしておくんなんし』
と、冷たい微笑みでピシャリと
プライドをへし折っていたのだ。
実成は一日大金を払って
最高級の花魁を拘束した気になっていたが、
実際はただ高いお酒を飲まされて、
姐さんたちにおもちゃのように遊ばれ、
夕方には床の上で寝かされるだけの、
最高にいいお客にされていたわけである。
「結局、夕暮れ時に黒崎の旦那が
直々にお迎えに来て、
それで終いでござりんす」
翡翠花魁はケラケラと大人の余裕で笑いながら、
その小気味よい顛末を話した。
「……フン、無粋な男だ。
花魁のその見事な機転への褒美は、
明日、真壁の店から倍にして届けさせよう」
レオは
いつもの冷徹な美しさを纏いながらも、
どこか満足そうに薄い唇の端を上げた。
黒崎実成がどれだけ喚こうが、
真壁家の財力と
吉原の女たちのプライドの前には形無しだ。
けれど、
部屋の隅で三味線を抱えていた唯衣は、
翡翠の
「黒崎の旦那がお迎えに来て」という言葉に、
一瞬だけ胸の奥が
キュッと冷たくなるような
奇妙な胸騒ぎを覚えていた。
「唯衣、三味線を」
「若旦那に、昨夜の鬱憤を晴らすような、
とびきり清らかな音を聴かせておくれ」
「あ、はい……!」
翡翠花魁に優しく促され、
唯衣は一礼して撥を構えた。
宴の賑やかな灯りの向こうから、
レオの熱を帯びた空色の瞳が、
真っ直ぐに唯衣を捉える。
周りの大人の目を盗んで交わされる、
二人だけの秘密の目配せ。
嘘に満ちた吉原の夜の中で、
二人の本物の純愛は、
さらに深く、紡がれていくのだった。
外は夏の風が気持ちよく吹いていた。




