切なき返歌と、形無しの若旦那
まだ眠っている唯衣の部屋に、
見習いの部屋子が
襖越しに声を掛けた。
「唯衣姐さん、お手紙預かっております」
「起きてくださんし」
唯衣は布団から出て、手紙を受け取る。
「朝からありがとう」
唯衣は届けてくれた手紙を両手で受け取った。
部屋子はニコッと笑顔で
そっと襖を閉めて、
パタパタと去っていった。
こんなに早くに誰?
開けるとそこには和歌が一首。
唯衣は今日は会えないことを知り
胸が締め付けられる思いがした。
会えない理由は書いてない。
だだ、会えない時間が寂しいとだけ。
唯衣も机に向かい
返歌を送る。
逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに
人をも身をも 恨みざらまし (中納言朝忠)
今の気持ちの全てを歌にのせて
その歌をぎっと胸に抱く。
昼過ぎに見世が動き出す頃、
愛しい彼の人へと送った。
「……若」
「蒼月楼の唯衣さんより、
たった今、返歌が届きました」
真壁家の一室。
昼下がりの気怠い光の中、
机に向かって所在なげに
筆を弄んでいたレオは、
景の声が響いた瞬間に弾かれたように顔を上げた。
いつもは冷徹な薄い青色の瞳が、
見たこともないほど激しく揺れ動く。
「唯衣から、か……」
「ええ」
「飛脚が息を切らせて持ってきましたよ」
景から恭しく差し出された上質な和紙。
レオはそれを奪い取るようにして受け取ると、
壊れ物を扱うように優しく、
けれど逸る心を抑えきれない手つきで
封を切った。
そこにつづられていたのは、
朝の静寂の中で、
唯衣が涙を堪えながら認めた一首の返歌だった。
『逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし』
……いっそ、
あなたにお逢いすることさえ
最初からなかったならば。
これほどあなたを愛しく
恨めしく想うことも、
この不自由な我が身を恨むこともなかったのに
「――っ」
その瞬間、
レオの動きが完全にピタリと止まった。
江戸中を動かす天才若社長の端整な顔が、
みるみるうちに
沸騰したように真っ赤に染まっていく。
逢わなければ、恨むこともなかった。
そこまで自分を狂おしいほどに愛し、
焦がれ、
逢えない一日に身をよじらせて泣いている。
自分と同じように、
いや、
それ以上に、
唯衣のすべてが自分という存在に
支配されている。
「お前は……
どこまで俺を狂わせれば気が済むんだ」
レオは耳の付け根まで真っ赤にしながら、
デレデレに照れて
締まりのなくなった口元を隠すように、
片手で顔を覆って畳に突っ伏した。
いつもは冷酷な氷の刃のような若旦那が、
唯衣のたった一首の和歌の前に、
完全にノックアウトされて形無しになっている。
「……ずるいな」
「そんな歌を返されたら、
吉原の掟も
黒崎の家も、
すべて今すぐに力ずくで
叩き潰して連れ去りたくなるだろう」
指の隙間から覗くレオの薄い青色の瞳は、
狂おしいほどの独占欲と、
溺れるような愛おしさで激しく、
熱く潤んでいた。




