十回目の口づけと、若旦那の完全敗北
「……これで、九回目でございます、
若旦那様」
杜若が美しく咲く『蒼狼の間』の専用庭。
濡れ縁に並んで
冷たい白玉のおやつを食べ終えた頃、
唯衣は、
レオの腕の中で
真っ赤になった顔を隠すように、
小さく息を吐いた。
レオの美しい白銀の髪に、
自分の髪にきらめく『びいどろの簪』が、
何度もカチリと涼しげに触れ合った。
触れ合うたびに、
甘くて熱い口づけが重なり、
唯衣の唇はもう、
自分でも分かるほど
じりじりと熱を持っている。
「あと、一回だな」
レオは満足そうに、
熱を帯びた空色の瞳で唯衣を見つめた。
「十回目をしたら、
大人しく夜五つのお座敷まで、
お前をお稽古に帰してやる」
「もう、若旦那様ったら……」
呆れたように微笑みながらも、
唯衣の胸の奥は、
これまでで一番熱い勇気で満たされていた。
いつも、
若旦那様からばかりだ。
強引に全部買って、
膝の上に乗せて、
大真面目に口づけを数えて。
私のことが、
そんなに愛おしいと言ってくれる。
……わたしからも、
あのお方に、この熱を伝えたい
レオが最後の一回のために、
すっと綺麗な顔を近づけてきた、
その瞬間だった。
唯衣はレオの胸元にそっと両手を添えると、
ほんの少しだけ背伸びをして、
レオの端整な左の頬へと、
自ら唇を小さく寄せた。
チュッ、
かすかな音が初夏の爽やかな風の中に響く。
「――っ」
レオの動きが、
完全にピタリと止まった。
いつもは海外のガラスビジネスで
江戸中を動かす天才若旦那の脳内が、
一瞬で完全フリーズする。
「……これで、十回目でございます」
唯衣は膝の上からするりと降りると、
顔を真っ赤にしながらも、
いたずらが成功した子供のように、
これまでで一番愛おしそうな笑顔を
レオへと咲かせた。
「残りの一回は、
わたしの我が儘でございます、若旦那様」
「お前、は……」
レオは弾かれたように
薄い青色の瞳を丸くした後、
みるみるうちに耳の付け根、
そして首筋まで、
沸騰したように真っ赤に染まっていった。
いつも冷徹なはずの若旦那が、
完全にデレデレに照れてしまい、
バツが悪そうに片手で
顔を覆って俯いてしまう。
「……ずるいな。
そんな顔をされたら、
帰したくなくなるだろう」
指の隙間から覗くレオの瞳は、
これまでに見たことがないほど優しく、
激しく潤んでいた。
部屋の奥では、
すっかり冷めてしまった茶をすすりながら、
景が天井を見上げて遠い目をしていた。
やれやれ……。
若のあのデレデレに締まりのない顔、
真壁の職人たちが見たら腰を抜かしますよ。
お熱いのは結構ですが、
私の胃痛にトドメを刺すのは、
せめて
書類に判を押してからにしてくださいな……
吉原という嘘の街で、
毎日十回の本物の熱を重ね合う二人。
外へ出かけなくても、
びいどろの輝きのように
透き通った二人の純愛は、
誰にも引き裂けないほど深く、
熱く、
千夜の契りへと向かって育まれていくのだった。




