幕間:世話人・榊 景の述懐 「恋煩い」
まさか、
若がここまで吉原にハマるなど、
誰が想像できただろう。
私の知る真壁レオという御方は、
すべてのことをそつなくこなし、
そして、
すべてのことに無関心な人だった。
若が二十二歳におなりになり、
そろそろ大店の経営を本格的に、
と大旦那様より言いつけがあった。
大坂や長崎の豪商たちとの大がかりな商談。
その接待の場所として
吉原の遊郭を使うことも、
この世界では決して珍しくはない。
だが、
どんなに華やかな席であっても、
若はいつも通り冷徹だった。
百戦錬磨の取引相手が
可哀想になるくらい、
冷たく、
澄ました顔でビジネスの算盤を弾く。
女の嘘や誘惑など、
若の薄い青色の瞳には
一滴も映っていなかったのだ。
あの日までは。
『あの音が聴きたい』
蒼月楼の大座敷の隅で、
新米芸者が爪弾いた一滴の清水のような音。
それを聴いた瞬間、
若の時が止まったのを私は見逃さなかった。
生まれて初めてではないだろうか。
すべてを最初から持っていた若が、
自らの意志で
「欲しい」
と口にされたのは。
……やれやれ。
まさか、
頭の先まであの娘の沼に浸かられるとは
思いませんでしたがね
今や、
夜のお座敷だけでは足りず、
昼間の「視察」と称して
お稽古部屋にまで毎日まめに通い詰め、
あの新米芸者を
自分の膝の上に抱き込んでいる若旦那。
大福帳を前に白目を剥きながらも、
私はどこか、
救われたような気持ちでいた。
無関心だった若の瞳に、
あの一滴の清水(唯衣さん)が、
ようやく本物の熱を灯してくれたのだから。
「若」
「お熱いのは結構ですが、
大旦那様にバレる前に、
せめて書類の半分には判を押してくださいよ」
そう言って、
私は今日も落とした筆を拾い上げ、
愛おしき我が主君の背中へ、
あきれ顔の小言を投げかけるのだった。




