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真壁レオは今日も重い〜吉原外伝〜  作者: ほしよみ


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昼下がりと、世界に一つのびいどろ

「若旦那様……」

「あの、もう諦めますので、

せめてお顔を少し離してくださいまし……」

『蒼狼の間』の静かな昼下がり。

唯衣は、

レオの大きくて逞しい腕にがっちりと

抱き込まれ、

その膝の上にすっぽりと座らされていた。

最初は恥ずかしさのあまり

全力で断っていた唯衣だったが、

最近ではすっかり諦めて、

あのお方の胸の温もりに包まれる

この特等席を、

素直に受け入れるようになっていた。

けれど、

今日ばかりは

心臓が破裂しそうなほどに緊張している。

なぜなら、

あのお方が

「この昼間の逢瀬の間に十回は口づけをする」

と大真面目に宣言し、

今まさにその『一回目』のために、

美しい白銀の髪が目の前まで

近づいているからだ。


「……ん」

驚いて目をパチクリとさせる

唯衣の桃色の唇に、

レオはいつもの冷徹な仮面を

どこかへ置き忘れたような、

熱い熱い口吸いをそっと重ねた。

触れ合っているのはほんの数瞬のはずなのに、

頭の中が真っ白になり、

身体がふわっと

浮き上がってしまうような錯覚に囚われる。

ゆっくりとレオが唇を離すと、

その薄い青色の瞳が、

見たこともないほど

愛おしそうに唯衣を見つめていた。


「これで一回目だ。

お座敷が始まる前までに、あと九回」


「ひゃあぁ……! 」

「若旦那様、そんなにされたら、

夜のお座敷の前に

わたしの唇が全部腫れてしまいます……!」


唯衣が真っ赤になって両手で口元を隠すと、

レオの唇の端が、

悪戯が成功した子供のように

くすくすと言葉を和らげた。


「腫れたら、夜のお座敷も

俺が三倍の金で全買いして、

誰の目にも触れさせないから問題ない」

「……それよりも、唯衣。」

「今日はお前に、

長崎からのお土産を持ってきた」

「お土産、でございますか……?」

レオは空いた手で、

懐から丁寧に毛織物ビロードに包まれた、

小さな木箱を取り出した。

蓋を開けると、

初夏のまばゆい太陽の光を浴びて、

パッと部屋中に涼しげな輝きが広がった。

箱の中に収められていたのは、

一本の美しい簪だった。

長崎のオランダ船から仕入れた

最高級のガラス素材を使い、

江戸の職人に特別に作らせた、

世界にたった一つだけの

『びいどろの簪』

一滴の清水のごとく

透き通るガラスの棒の先端には、

初夏の青空のような、

あるいはレオの瞳のような、

吸い込まれそうに美しい青色の硝子玉が

あしらわれている。


「わあ……! なんて、綺麗……」


唯衣はあまりの美しさに、

溢れそうになる涙を堪えながら、

その輝きを見つめた。「


俺の店で新しく作った、びいどろの簪だ。

お前のあの綺麗な清水の音を

思い浮かべながら、作らせた」

「……お前にしか、似合わない」


レオは優しい手つきで、

唯衣のほどかれたサラサラの黒髪へと、

その青いきらめきをそっと挿し込んだ。

白粉の化粧もない素顔の唯衣の美しさが、

びいどろの涼しげな光によって、

何倍にも凛と引き立っていく。


「……ああ、世界で一番きれいだ」


レオは耳の付け根を真っ赤にしながらも、

今度ははっきりと、

心の底からの本音を言葉にして呟いた。


「若旦那様……」

「ありがとうございます」

「わたし、一生、

生涯の宝物として大切にいたします……っ」


唯衣は髪の簪にそっと触れ、

顔を真っ赤にしながらも、

嬉しさとはち切れそうな愛おしさで、

これまでで一番輝くような笑顔を

レオへと咲かせたのだった。

部屋の奥では、

二人の甘すぎる背中を眺めながら、

景がすっかり冷めた茶をすすって遠

い目をしていた。


やれやれ。

あのお二人を見ておりますと、

つい願ってしまうのですよ。

身分とは、実に厄介なものです。


若は真壁大店の跡取り。

唯衣さんは吉原の芸者。


この恋路が平坦でないことくらい、

私にもよく分かっております。

……ですが。

ようやく手に入れた若の笑顔だけは、

誰にも奪ってほしくない。

世話人としては失格かもしれませんが、

榊景という一人の人間としては、

ただ、

それだけを願っているのです。

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