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真壁レオは今日も重い〜吉原外伝〜  作者: ほしよみ


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23/46

二人の距離と、毎日十回のキス

ゴーン……、ゴーン……。


夜五つ(午後八時)の厳かな鐘の音が、

夜の吉原に響き渡る。


『蒼月楼』の一角にある高級な大座敷は、

昼間の静寂が嘘のように、

華やかな灯りと

濃厚な白檀の香煙で満たされていた。


「若旦那」

「今夜も本当に贅沢な御方でありんすねえ」


部屋の真ん中では、

翡翠花魁が鼈甲の髪飾りをしゃらりと鳴らし、

艶やかにくすくす笑いながら、

レオの盃に酒を注いでいる。


レオはいつもの冷徹な美しさを纏い、

涼しい顔で盃を口に運んでいた。


けれど、

唯衣には分かっていた。


あのお方の耳の付け根が、

昼間別れた時と同じように、

ほんのりと熱を帯びた赤色のままであることを。


……若旦那様。


唯衣は座敷の隅で三味線を抱えたまま、

高鳴る胸を必死に抑えていた。


昼間

あのお方に初めて口づけをされた。


『お前が欲しくて、ここに来た』


あの低い声が、

今も耳の奥で何度も蘇る。


お座敷用に白粉を塗り、

豪華な着物を身につけていても、

レオの大きな手が触れた肩は、

今もじんわりと熱を帯びていた。


賑やかな宴の最中。


ふと、

レオの薄い青色の瞳が、

翡翠花魁の肩越しに真っすぐ唯衣を捉える。



あっ、

と唯衣は小さく息を呑んだ。


二人きりではない、

公のお座敷。

親しく言葉を交わすことも、

触れ合うことも許されない場所。

だからこそ、

誰にも気づかれぬよう、

二人は静かに視線だけを重ねる。


若旦那様……。


唯衣は頬を染めながらも、

もう視線を逸らさなかった。


昼間の温もりを確かめ合うように、

空色の瞳を見つめ返す。


レオの唇が、

ほんの一瞬だけ柔らかく綻んだ。


『また会えたな』


そう語りかけるように。


部屋の隅では景がその空気を察し、

盃を止めて深いため息をつく。


昼間にあれほど熱いことをしておきながら、

夜までこれですか……。


「三味線を。」


景の一声で唯衣は我に返り、

静かに撥を構えた。


昼間のたった一度の口づけは、

二人の心に消えない火を灯したまま、

夜は静かに更けていった。


それから幾日か。

レオは宣言通り、

昼の空いた時間を買い続けた。

昼は「視察」と称して稽古部屋へ。

夜は翡翠花魁を訪ねる客として座敷へ。

そのたびに二人の距離は、

少しずつ、

しかし確実に縮まっていく。


「唯衣、おいで」


部屋へ入るなり、

レオはいつものように唯衣を膝の上へ招く。

初めは恥ずかしさのあまり

逃げ回っていた唯衣も、

最近では頬を染めながら

素直にその腕の中へ身を預けるようになっていた。


「若旦那様のお腕は、

とても安心いたします……。」


そう呟く唯衣を見つめ、

レオは満足そうに目を細める。


ある日は

「……貸してみろ。」

「え?」

レオは卓の上に置かれていた櫛を手に取ると、唯衣の長い黒髪へ、

恐る恐る櫛を通した。


さらり。

さらり。

静かな部屋に、

絹糸を撫でるような優しい音だけが響く。 

「痛くないか。」

「はい。」

「若旦那様、とてもお上手です。」

唯衣が振り返って微笑むと、

レオは少し照れたように視線を逸らした。

「……こんなに綺麗な髪だからな。」

「乱したくなかった。」

その一言に、

唯衣の胸はまた温かく満たされる。


またある日は。

「若旦那様。」

「何だ。」

「お手を、お借りしてもよろしいですか。」

唯衣はそっと

レオの大きな手を両手で包み込んだ。

自分の手を重ねてみると、

その違いは一目で分かる。

「やっぱり、大きい……。」

「わたしの手が、すっかり隠れてしまいます。」

嬉しそうに笑う唯衣を見つめながら、

レオは静かに指を動かした。

気づけば、

小さな指へ自分の指をそっと絡めている。

「あ……。」

唯衣は顔を真っ赤にする。

「これなら離れない。」

真面目な顔でそう言われ、

唯衣は恥ずかしさのあまり

レオの胸へ顔を埋めた。

「若旦那様は……ずるいお方です。」

「そうか?」

「はい……。」

その答えにレオは小さく笑い、

唯衣の頭へ優しく頬を寄せた。


言葉は少なくても。


手を重ね、

髪に触れ、

同じ時間を過ごすだけで、

二人の心は昨日よりも今日、

今日よりも明日へと近づいていく。


そんなある日の昼下がり。

レオが、

いつもの綺麗な顔で、

とんでもなく真面目なことを言い出した。


「この昼間の逢瀬の間に、

最低でも十回は口づけをする。」

「……若旦那様?」


唯衣は目を丸くして聞き返す。


「聞き直さなくていい。」

「夜のお座敷では触れられない。

だから昼の間に十回だ。」


あまりにも真剣な言い分に、

唯衣の心臓は再び大きく跳ね上がる。


「……まずは、一回目。」


そう言って、

白銀の髪がゆっくりと近づいてくる。


二人の逢瀬の約束事は甘く

そして幸せな時間。


若旦那様の規格外の溺愛と、

あまりにもまめな愛情に翻弄されながら。

唯衣の初恋は、

昼も夜も、

少しずつ甘く、深く育っていくのだった。

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