昼間の不意打ちデート 1
翌日の昼間。
姐さんたちと昼食後、
「もう一回、練習してきます」
そう言って、
唯衣はお稽古部屋へと足を向けた。
一人きりになった静かな部屋。
窓から差し込む初夏の明るい陽光が、
畳の上を白く照らしている。
夜の華やかな吉原とは違う、
どこか物静かな昼の空気。
唯衣は三味線を抱え直すと、
ぽつりと一つ、弦を弾いた。
ベン……。
響いた音は、
昨日よりもずっと甘く、
どこか切ない余韻を引いていた。
目を閉じれば、
すぐにあの白銀の髪と、
熱を帯びた薄い青色の瞳が浮かんでしまう。
明日も、明後日も、
お前に会うためにここに来る――
「……早く会いたい」
早く夜五つ(20時)にならないか。
早くあのお方に会いたい。
心に思っている言葉が自然と口に出る。
吉原の大門の外へは出られない
この狭い世界で、
唯衣の心だけは、
まだ見ぬ夜の座敷へと
何度も何度も羽ばたいていってしまった。
そんな、
唯衣がソワソワとお稽古を繰り返していた、
その時だった。
トントン、
廊下を渡る静かな足音が、
お稽古部屋の前でピタリと止まった。
「唯衣、入るよ」
「あ、女将さん……!」
襖を開けて入ってきた女将の菊乃は、
いつも通り煙管をくわえながら、
なぜか酷く呆れたような、
けれど同時にニヤニヤとした笑みを
浮かべていた。
その後ろには、やはり
「やれやれ」と額を押さえている景の姿がある。
「女将さん、それに景様……? 」
「どうして昼間に……」
「どうして、じゃないよ」
「あんたを驚かせる、
とんでもなく無茶で粋な若旦那が、
お稽古の『視察』にきなすったのさ」
「え――」
菊乃がすっと襖を大きく開け放つ。
そこには、
夜のお座敷用のバキバキの格好ではなく、
普段着に近い、
少しラフな着流し姿の若旦那・レオが立っていた。
太陽の光を浴びてきらきらと輝く白銀の髪。
いつもより少し優しく、
けれど真っ直ぐに唯衣を捉える、
薄い青色の瞳。
「夜まで待てなかった」
「……唯衣、お前の音を聴かせてくれ」
きゅん!!
唯衣の心臓が、
昼間の静寂の中で、
昨日を遥かに超える大音量で跳ね上がった。
翡翠花魁はいない。
他のお客もいない。
ただ、明るい光が差し込むお稽古部屋で、
素顔に近い若旦那様と、
二人きり(+後ろで白目を剥いている景)。
夜を待ち焦がれていた唯衣に訪れた、
贅沢すぎる
「昼間の不意打ちお家デート」が、
いま静かに始まろうとしていた。




