第四章:ダブルデート・アタック!/06
「フィーネちゃん見事に俺ら置いてっちまったな」
「ま、まあ……こうなることは何となく読めていましたし」
「あー同感、にしたってフィーネちゃんはブレねえよなあ……ウェインの野郎が羨ましいぜ畜生」
「本当に真っ直ぐですよね、あの方は。少し憧れちゃいます」
と、置いて行かれた側の風牙とフレイアは、フィーネたちのひとつ後ろのゴンドラに揺られながらそんな会話を交わしていた。
ちなみに置いて行った二人とは違い、それぞれ向かい合ってゴンドラのシートに座っている形だ。もっと言えば風牙がフィーネたちに背を向けている位置でもある。
(……自分に正直に、ですよね)
そんな風に風牙と話しながら、フレイアは内心でそっと呟く。
あれから何度も何度も、フィーネに言われたことを反芻し続けていた。それと一緒に、自分の中にある気持ちも、本当かどうか何度も確認した。
何度も、何度も何度も。本当に自分はそう思っているのか、それだけの覚悟はあるのか。身分も立場も乗り越えて、心のままにたったひとつを手に入れるだけの勇気と覚悟が、果たして自分にはあるのだろうか……。
その答えは、まだ出ていない。揺れ動くフレイアの心は、まだ固く決意できるほどにハッキリと答えは出せていないままだった。
(っ、フィーネさんったら……)
そうした最中、フレイアは見てしまった。ひとつ前のゴンドラで……フィーネが急に、ウェインにキスを交わす光景を。
突然のことに驚いて、エメラルドグリーンの瞳を見開いてしまう。
「んあ、どしたのフレイア?」
だが背中を向けている風牙には見えていないようで、驚いたフレイアの顔を見て不思議そうに首を傾げるのみ。
そんな彼が今にも振り向きそうだったから、フレイアは「な、なんでもありませんよ?」と言って、とりあえずは誤魔化した。
(本当に大胆なんですから……もうっ)
風牙を誤魔化しつつ、彼が振り返らなかったのを見てフレイアはホッと胸を撫で下ろす。
(でも……そんな真っ直ぐで迷いのないところ、すごく尊敬しています。私には貴女が……眩しく見えてしまいますね)
フィーネの真っ直ぐさに憧れる、と言ったのは嘘じゃない。フレイアにとっての紛れもない本音なのだ、その一言は。
――――だからこそ。
だからこそ、自分も迷ってはいられない。まだ答えは出せていないし、覚悟も出来ていないけれど……でも、この気持ちを伝えることぐらいは。
(背中を押してくださったのですから、私も……)
二人を乗せたゴンドラがちょうど頂上に差し掛かろうとした頃、フレイアは意を決して。
「あの……っ!」
と、いっそ話を切り出してみようとした。
「うへー、こっからだと遠くまでよく見えるなあ……おーい見てみろよフレイア! あれきっと魔術学院だぜ! すげえこっからでも見えるもんだな……手ぇ届いちまいそうだ!」
――――しかし風牙は窓に張り付いて、無邪気に夕焼けの景色にはしゃいでいて。意を決したフレイアの言葉は……話を切り出そうとした彼女の声は、彼に届いていないようだった。
「あの、風牙……っ」
「おー、水平線も見えんだな……よく考えてみりゃあ、周り全部海だもんなあここ。おっあっちにあるのは……多分グレートアンタレス島だわな。すげー……」
窓にべったり張り付いて、小さな子供のような笑顔で景色を見つめる風牙。
そんな彼の、あまりに子供っぽくて無邪気な横顔を見ている内に……なんだかフレイアは話すタイミングを逃してしまう。
「ってか、なんか言ったか?」
とした頃になって、やっと風牙は彼女の方に振り向いてきょとんとする。
その顔に浮かぶのは、やっぱり無邪気で子供みたいに楽しそうな笑顔で。そんな様子を見たフレイアは……くすっと小さく微笑み。
「……なんでもありませんよ、大したことではありませんから」
と、笑顔で彼に言ってやる。
「それより、学院が見えるんですよね? どの辺りです?」
「おーそうそう! 多分あっちの方だぜ!」
「えっと……あの辺りかしら?」
「違う違う、そっちじゃなくて……ほら見えんだろ?」
「あっ、確かにあれっぽいですね。校舎みたいなのも微かに見えますし」
「だろー? 間違いねえって! んであっちがスタジアムで、あの辺が仮想都市フィールドだろ?」
「ふふっ、本当によく見えますね……♪」
言いかけた言葉は、切り出しかけた話は一旦胸にしまって、フレイアは風牙と一緒になって景色を楽しみながら、あれこれ言葉を交わし合う。
昔から、彼はそうだった。楽しいことに出くわすと、小さな子供みたいにはしゃいで、楽しんで。幾つになっても変わらないその笑顔に……純粋さに、ふと心救われたことが何度あっただろうか。
…………こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
思えば昔も今も、風牙と遊んでいる時はそう感じていたのを思い出した。彼と二人で過ごす楽しい時間が、終わらなければいいのにと……子供の頃から、何度思ったことだろう。
(ああ、そうでしたね……私はあの頃から、ずっとこの子のことを…………)
無邪気に笑う風牙と、そんな風に楽しくおしゃべりをする中で……フレイアは同時に、自分の中にあった想いを強く認識するのだった。




