キマイラのサティとTボーンステーキ
ワタルはマリウス鉱山の山頂にほど近い岩のくぼみに張ったテントの中で、今後の方針を考えていた。
いつまでもここに居るわけにもいかない。
少しすればドラゴン騒ぎも落ち着くだろう。
それでも不埒なことを考える人間は一定数居るだろうが、たまたまあの場に居た人間は邪な考えを持ちやすい環境だったとも言える。
正直やっかいな頼まれ事だなと、ワタルは苦笑した。ワタルの気苦労も知らず、目の前では、エメリーとブランカがじゃれ合っている。
ブランカのレベルアップを考えなければならない。ワタルはそう考えた。
小さくても竜であり、呪いによる効果があったにせよ、あのブレスは上位冒険者すら一瞬で消し炭にする威力のものである。ブランカの基礎能力がそれほど低いはずがない。
「きゅあっ」では「竜の咆哮」による威嚇攻撃は期待出来ないが、最悪の場合の自己防衛くらいはなんとか身につけて欲しい,そう考えていた。
しばらくは、滞在するとして、その後は魔物討伐によるレベルあげに専念しよう。
そう決めると、ワタルはテントをそのままにして、ブランカとエメリーにバックパックに入ってもらい、外に出た。
まずは山頂を一旦踏んで、もうここまで来ると、ワタルの身体の一部のようなものである。とりあえず、山頂に登る、なぜならそこに山頂があるから。こればっかりは理屈ではない。
ワタルは山頂から北方向、つまりヴァイスホルンを見渡した。
見上げる高さにある万年雪の山、ヴァイスホルン、山頂から8合目辺りまではもう雪に覆われていた。山頂の雪は一年中融けないらしい。日本だったら富士山でも夏は融雪するのだが、まあ白馬大雪渓みたいなものかな。
山頂を踏んだ後、反対側に回り込むように一旦下り、足場を選らんでトラバースしてテントのあるくぼみに戻ってきた。
とりあえず、何もなしと。
折角ここまで登って来たので、何かしら楽しみを見つけて時間をつぶしたいと考えていた。
マリウス鉱山は今でも盛んに採掘が行われている鉱山で、鉄鉱に銅鉱、ごくまれに金、銀と何十年に一度の頻度で真聖銀や真聖金が採れることもあるらしい。
せっかくなので、鉱石を探してみようと思い立った。
ワタルには採掘のスキルも鍛冶のスキルもないが、「鑑定」のスキルがあった。
敵味方のステータスなどこれっぽっちも見ることが出来ないが、食べられるかどうか、材料になるかどうかの鑑定が出来た。
ワタルは自身の鑑定スキルを重宝していた。敵の体力を数値化するとか、弱点属性を見つけて攻撃を有利にするとか、そんなことには全く関心が無い。むしろ食べられる木の実や果実、キノコを見つけることの方が、毒があるかないかが判別出来るほうが,何倍も人生を豊かにする。
まあいいや。ワタルは遠い昔、ワタルの鑑定スキルを賞賛し、その後戦いに使用できないとしって字毛笑った冒険者達の顔を思い浮かべ、今自分がどれだけこのスキルを重宝しているかという現実に思わず笑みを浮かべていた。
山頂までぐるっと回って来た後、少し平らなところで、バックパックを降ろし、エメリーとブランカを取り出した。落ちることもないだろう。ブランカは羽があって飛べるし、エメリーは・・・スライムだし、垂直の崖でも登れそうだし。
すると、エメリーは地面に降りた後、スルスルと動き出し、黒ずんだ色をした岩を目指して地面を這っていた。
その岩まで来ると岩の前でエメリーは跳ね出した。何があるのかと不思議に思ったワタルは「鑑定」で、その岩を見ると「真聖銀の鉱石」と表示されていた。
ワタルは、エメリーを褒めると、アックスで鉱石を傷つけないように、周りを掘り崩し、鉱石をくりぬいて収納していく。
手つかずの鉱脈だが、どう考えてもその場所は人が採掘出来るような場所ではなかった。そもそも真聖銀の鉱石は精製した真聖銀のピッケル以上の硬度を持つ工具でないと採掘出来ない。鉄より固いものを鉄のピッケルで掘り崩すのは物理的に不可能である。
ワタルのアックスがこの世に聖剣の他にあるのか疑わしいオリハルコン製であるため、サクサク掘れるが、その場所は三点確保しなければ滑落の危険さ江ある場所で、振りかぶってツルハシを打ち込む等という作業の出来る箇所ではない。
ワタルは、3時間ほど掛けて、エメリーが見つけた鉱脈から鉱石を掘り出した。
全部で1tはあろうかという分量である。鉱石から真聖銀を溶解して取り出し,不純物を取り除いたインゴットの状態で何kgになるかは不明だが、1kgの真聖銀は100kgの金と同価値であり、金貨で言えば2000枚ほど、50kgの真聖銀が採れるとしても、金貨10万枚の価値がある鉱石をわずか3時間で手に入れてしまっていた。
魔王討伐の遠征費用の全額が賄えるんじゃないか?
怪我の功名ともいうべきか。ブランカを狙われ、面倒で逃げた先が宝の山だった。
堀り崩した跡が、ちょうど平らなベンチのようになったので、お昼ご飯をそこで食べることにした。
エメリーとブランカにはキマイラのぶつ切りを食べてもらうことになるが、今日は昨晩のテントの中と違い、場所がとれるので、収納から魔石コンロを取り出すと、キマイラのライオンと山羊に分かれた部分から、それぞれ、ライオンの肉、山羊の肉、両方ミックスの部分に分けて、それぞれ調理してみることにした。
まずライオンの部分については、前世でもワタルはネコ科の動物を食べたことはなかった、そのイメージもわかなかったが、なんとなく臭みのありそうなイメージだったので、香草まぶして,バターソテーにすることで、臭みを消し、エグみを抑えることをメインにした。
一方山羊は遠征するヒマラヤの麓に住む地元の民族が特別な日に食べる料理として経験済みだったので、山羊は胡椒を多めに効かせた数種類のスパイスを煎って,牛骨のスープでのばした現地のカレー風のソースをつけて,照り焼きにしてみた。
最後に両方の部分を真ん中の骨を挟んで取り分けた部位については、ミラノ風Tボーンステーキ調に、もっぱら肉の臭み消し用の香草を振って焼いてみた。
調理しているうちに何となく美味しそうと思い、ワタルも少し味見をしてみたが、「うん、まずい。」
強いて言えば、山羊のカレーソース付け焼きはなんとか食べられるが、それでも鶏肉を同じ調理法で焼く方が遙かに美味しい。わざわざキマイラを狩って手間を掛けて調理してこの味なら、鳥の魔物を狩り、調理するほうが断然美味しく,危険も少なめである。
つまり、何一つ良いところがない。
まあ、人間と竜やスライムの味覚は別だから。
出来たものを、それぞれのお皿、昨晩からブランカ専用のお皿も準備して,お皿に「ぶらんか」と名前を彫り込んでおいた、に盛りつけた。
エメリーもブランカもすぐに食べ始めたが、ブランカは平たいお皿は食べにくそうだったので、ワタルがキマイラの肉の端をつまんで、ブランカに食べさせて上げると、満足そうに咀嚼し、飲み込んでいった。それを見たエメリーが食べるのを辞めて、ワタルの腕をつんつんし出したので、ワタルはエメリーの分のキマイラも手に乗せてエメリーに差し出すと、エメリーは嬉しそうにプルルっと震えワタルの手の中にあるキマイラを体内に取り込んでいった。自分の腕まで消化してしまうのではないかと心配だったワタルだが、エメリーは最初こそお皿まで食べてしまったものの、その後は食べ物とそうでないものをきちんと区別出来るようになっていた。
ワタルも、今日は少しくらい時間を掛けて食事を準備しようと、おにぎりで済ませるのではなく、牛骨スープを沸かして、そこに刻んだ葉物野菜を入れ、白おにぎりをほぐし、沸いたところで火を止めて、卵を入れ、雑炊にしてみた。
日は高いとは言え、秋も深まってきていて、山頂付近はずいぶん肌寒くなってきた。
変温動物のは虫類であるブランカには厳しい環境かもしれない。
ワタルは収納から小さな毛布を取り出すとブランカに巻いて上げた。
エメリーは,寒さには強いのかな?とエメリーの方を向いたところでワタルはエメリーの異変に気付いた。
エメリーは食事が終わった後も、真聖銀鉱の採掘後の、わずかな真聖銀鉱を体内に取り込んで消化していた。
「そんなものも食べるのか?お前」
エメリーがなぜそんなことをしているのか分からないが、端で見ている限りは、ミスリル鉱石を食べているようだった。残ったものは丁寧に掘り崩しても残る破片や、岩石中のミスリルの割合が小さすぎて、採掘不適の石だった。
特にすることもなければ、午前中の3時間でもしかすると過去10年分以上の収入を得てしまったかもしれないワタルにとっても、最大の功労者であるエメリーの好きにさせておこうと考え、むしろこの気温はブランカに余り優しくないと思い、ブランカを毛布で来るんだまま、胸の中に抱いて、周囲の景色を眺めていた。
しばらくワタルが見渡す限りのパノラマを楽しんで煎ると、いつの間にかエメリーが背中からよじ登って肩口まで来ていたので、エメリーも十分満足したのだろうと判断し、テントに戻ることにした。日が沈むまでまだ時間はあったが、外の気温が下がってくると、体調を崩しやすくなるので、早めにテントに入り、エメリーもブランカも一緒にシュラフの中に入った。
明日は、警戒しながらも下山し、食料調達をかねて、食べられる魔物の狩りをする場所を探そうと考え、早めに目を閉じて寝ようとするワタルだった。
もっとも体力の有り余っているエメリーとブランカがそう簡単にワタルを寝させる訳がなかったのだが。




