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マリウス鉱山からの脱出

その日、夜が明ける前から、ワタルは動き出していた。

月明かりの中でテントをたたみ、寒さに弱いブランカは防寒を厳重にして、バックパックの中に入ってもらっていた。ブランカはテント収納時に起きたものの、バックパックの中に入れたらすぐにまた寝てしまった。

ここからは時間との勝負

ワタルは索敵の魔法でブランカを狙っていると思われる人影が、林道の終点と麓の入山口に野営していることを突き止めている。

まだ寝ているはず。

実力で蹴散らすという方法もあるのかもしれないが、悪目立ちしたくはない。

ワタルは、照射範囲を狭くして周囲を照らすライトの魔法で足下の地形を把握しながら山頂へと登り返した。

そこから林道とは反対側にロープを使って懸垂下降で山を下りていくのだ。

山頂付近に三点の支点を作ってロープを通し、折りたたんだ2本のロープをもって、懸垂下降を始める。

ワンピッチで眼下に見えたテラスまでたどり着く。

そこからは長年の経験で、降りる時の速度と目の前を通過する岩壁の形状で、中間地点が近づくと原則し、足が地面に触れる瞬間に集中し、難なくテラスに着地した。

ロープの片方の端を手から放し、ロープをたぐり寄せていく。

アンカーは回収出来ないので、その場に残置することになる。

3つのアンカーのうち、一つはミスリルのハーケンで,使い捨てにするにはあまりにも高額だが、安全には替えられない。

途中でアンカーが外れればそのまま滑落し、無事では済まない。身体強化があるので、即死は免れる可能性が高いが、無傷というわけにはいかないだろう。そこまでチートだとそもそも山登りに何の刺激ももらえない。

一つがアクシデントで外れても、着地まで他のアンカーが持ちこたえることで安全を確保する。幸い、全ての支点は抜けることがなかった。

使用したアンカーのうち、他の2つはいずれ劣化してぼろぼろになるが、ミスリルは経年劣化しないので、いずれまたこの地を訪れたときに回収すればいい。

もったいないというよりも自然破壊につながらないようにという思いでワタルはそうつぶやいた。

テラスでも、やはり3箇所の支点を確保し、ワタルはさらに懸垂下降での下山を続けていく。2ピッチ目である。

今回はハードルが高い。ロープの長さは60mであり、半分にすると30m、これがワンピッチの最長の長さとなる。

ロープはタイラントポイズンスパイダーとキマイラのたてがみを撚り合わせた糸を編み込んで1本のロープにした特注品である。ミスリルのハーケンなど問題にならないほど高価で,何より注文しようにも材料を入手するところからとなり、完成に何年かかるか分からない。

キマイラのたてがみは、先日の討伐依頼で一生分の量が確保出来ているが、タイラントポイズンスパイダーの糸はストックがない。ショートホーンブルと同じ大きさがあろうかという蜘蛛を相手にするのは生理的に受け付けない。

ロープを残置する選択肢はない。ワタルの商売道具である。前世ではナイロン製なので、経年劣化する消耗品扱いだが、この世界では半永久的に使用可能である。

sのロープ30mでは次の足場までたどり着かないので、下降の途中で中継地点を設置して、体を固定し、ロープを回収して、その場所に新しい支点を確保し、そこからまた懸垂下降を新たに開始することで、次の足場までたどり着くことになる。

急がなければ。

夜が明けたら、ワタル達の居たテントの場所まで誰かしら到達するだろう。

それなりにクライミングの技術は必要となるが、ドラゴンの幼体の価値に目がくらんで危険を冒す冒険者がいない訳ではない。

高位の冒険者であれば、索敵魔法もそれなりに使えるはずである。その前に魔法の範囲外に抜け出さないと面倒なことになる。

念のため、ワタルが居たテント場にはBランクの魔石を魔物に襲撃されないように、岩の隙間にねじ込んでおいてきた。

最初にドラゴンに遭遇したときに囮として用いた時と異なり、今回は索敵魔法に受動的に反応すればよいだけなので、魔力を通して、魔石から魔力反応を生じさせる必要はない。これなら24時間以上持つはずであるが、魔石の魔力に集まってくる魔物の襲撃も考えればもう少し短い時間しか持たないと考えておいたほうがいい。直視できなければ索敵魔法でも、魔物がワタル達を襲っているようにしか見えないだろうから時間稼ぎにはなるだろう。

ワタルは、崖の途中で中継地点を確保し、そこに新たに支点を作って、ロープを再度通し、さらに下降して、次の足場までたどり着いた。

もう一度ライトで下をのぞき込む、まだ半分にもたどり着けていない。

先は長そうだ。

空を飛ぶ鳥系の魔物は昼行性であり、この時間帯に襲われることがないのが不幸中の幸いであった。ワタルは下降に集中出来る。これで、下降途中で魔物も追い払うことになったら、どれだけ時間を要するのか分からない。

同じ作業を繰り返すこと2時間あまり、空が白みかけた頃、ワタルは崖下の森の中に居た。

ミスリルのアンカーは全部で8本消費した。金貨で言えば56枚、1回のクライミングのコストとしては史上最高額である。

もっともエメリーのおかげでその何万倍ものミスリル鉱石を手に入れており、ドラゴンのクエスト依頼報酬でもすでに金貨1000枚を手に入れているワタルには痛くもかゆくもない 。

ワタルは、ロープを回収して収納すると森の中でソナーによる敵勢の位置を確認した。後1時間もしないうちに夜が明けるだろう。

ワタルのソナーには林道を上っていく反応が一つ、入山口に居た反応はそのままで二つ残っていた。

昨日生き残った3人が新たにメンバーを追加したのだろうか。

いずれにしても、ワタルによって登録済みのドラゴンを横から襲うなど、普通に犯罪である。ここまで目立つやり方で襲ってくるのはよほど金に目がくらんでいる。

森の中を移動し、登山口とは違うところから森を抜け、街道を避けながらワタルがツェルマーの町についたのは、お昼前のことだった。

町中では思い切った行動も出来ないだろうとは思うが、夜になったらまた面倒なことになりかねない。

ワタルはツェルマーの町のスミスの工房で、銅製の寸胴を3つとミスリルの斧を買い、ミスリルの鉱石5kgを金貨500枚で売った。それでも手元には金貨が200枚ほど残った。

しばらくは肉の熟成の時間も取れなさそうだったので、肉屋でラージボアの肉を枝肉ごと買い取った。店主は喜び、小売価格の20%をおまけしてくれた。

この世界で豚肉というと流通の7割がオークだが、二足歩行の豚はどうしても食欲がわかなかったので、ワタルはイノシシを好んで食べている。オークに比べるともちろん値も張るのだが、いつもは自分で狩り、解体して熟成までさせるので、肉屋を利用することが滅多にない。

野菜も、店頭に並んでいる葉物野菜を全部買い占めた。

後はパンも欲しいところだったが、ふわふわの柔らかいパンは平民向けの値段ではないため、そもそもツェルマーぐらいの小規模の町では店先に並ぶこともなかった。冒険者御用達の黒パンは美味しくないので、ワタルは次の大きな町に行くまで、残って居る米を食いつなぐことにした。

昼過ぎ、ワタルはツェルマーの町の門を出た。これから本格的な冬になると、狩りも難しくなる。

春にフランフールでテントを受け取り、約束したクリスの辺境領に遊びに行くまで、どこを廻るか。

ゲルマニアの国で訪れる予定だったのは首都のベルリーくらいである。

ワタルの足は自然とベルリーに向いていた。

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