三十六話「紅の魔王の苦悩」
気が付くと、以前と同じように初代勇者と蒼魔女が談笑しているところに浮いていた。辺りを見渡すと、少し離れたところにバリが浮いていた。真剣な顔で眼下に広がる光景を凝視している。そして、恐る恐るといった様子で口を開く。
「あれは……一体? 俺が、蒼魔女と話してるなんて……」
「初代勇者、何百年も昔の君さ」
黙り込む僕の代わりに、スフルが答える。スフルの言葉に、バリは酸素をあえぐように口を開閉させる。唇が、「そんなバカな」と動くのが見えた。何と言うか……かなり強引に連れてきてしまったので、僕はなるべく刺激を与えないように黙っておこう。下手に地雷踏むのも嫌だし。僕が黙っててもスフルが勝手にバリの問いに答えてくれるだろう。僕は黙って眼下の光景を見つめる。
「俺が、初代勇者の生まれ変わり……」
バリが、自分の発した言葉を呑み込むようにゴクリと喉を鳴らした。スフルは自分の姿がバリに見えるのが嬉しいようで、さっきからバリの周りをちょろちょろと動き回っている。そう言えば、精神体なら精霊のスフルが見えるんだな。
元気だよな、スフル。まぁ、元主に再会できたわけだから当たり前か。随分と慕っていたみたいだし。
「俺は、なぜ記憶を失った?」
「ミゼは――」
「待て、何か思い出せそうなんだ……」
バリが、苦しむように頭を抱えてその場に膝をつく。流石に僕も慌てて、バリに駆け寄る。苦悶の表情を浮かべ、額に汗を浮かべている。ぶつぶつと「もう少し、もう少し」と呪文のように呟いている。僕は背中をさすって、黙ってそれを見ているだけだ。
本当に、リッツの言ったように一発で思い出したのか? そんなに簡単に失った記憶を取り戻せるもんなんだろうか。生憎僕は記憶喪失になった経験がないので、そこらへんはよくわからない。
「……ダメだ。映像は浮かぶんだ、蒼魔女と、過ごした色んな記憶が。だけどそれが実際にあったことなのか、俺にはわからない」
悔しそうに、バリが足元(空中)に拳を叩き付けようとしたけど、音も響かなければ、揺れる様子もない。バリの拳は見事に空振りしていた。本当にここって、空中なんだなー、と一人呑気に考える。
スフルがバリに近寄るが、「来るな」と拒絶されて大変ショックを受けていた。今にも泣きそうなほど目に涙をためている。ついに決壊して、スフルがわんわんと声をあげて泣きじゃくる。静かな空間に、スフルの泣きじゃくる声だけが響く。あーあ、泣いてる子供は苦手なんだよなぁ。僕は嫌々スフルに近寄って、「泣くなよー」とか色々声をかけてみたけど、反応は返ってこない。どうしたもんかね……。
スフルが落ち着きを取り戻してくれない限り、この空間からは出られないようだ。どうもこの精神体を抜き取って過去に飛ばすのは、スフルの力みたいだ。僕が出ようと何かを念じても何も起きない。それとも単純に僕に力が足りないだけか?
うーん、と首をかしげているとバリに声をかけられる。
「俺は……気が付いたら西の国の治安の悪いところに倒れていたそうだ」
ん? あれ、何かバリが自分の人生語り始めちゃったぞ。これは大人しく聞くべきか。って、聞くほかないよな。耳をふさいで聞きたくないですとアピールするほど聞きたくないわけじゃないし、暇つぶしに聞こうじゃないか。
「たまたま、魔眼を持ったものが俺を拾った」
「……魔眼って?」
話し始めて早々に話の腰を折るのもアレかなと思ったけど、単語がよくわからないんじゃ話を聞くにもつまらないだろうから、早めに質問しておく。
「人の魔力や属性を目で見ることのできるヤツのことを言う」
あ、思いだした。そういや前、スフルに聞いたことあったな。
「ああ、なるほど。続けてどーぞ」
「俺は、魔力の量と闇属性と言うことから、魔王にならないかと話を持ち掛けられたんだ」
ふんふん、と適当に相槌をうつ。記憶失って拾われたかと思ったらいきなり魔王になりませんかって結構ハードな人生送ってるなぁ、バリ。
と言うか、生まれ変わっても属性は変わらないもんなのね。
「俺は最初は拒絶したよ。魔王なんて、訳のわからないこと……。だけど、西は治安が悪いから、誰かがまとめないといけないんだって切実に訴えられた」
ああー……それで情に流されちゃった感じ? 僕の質問に、バリは熱く語る。
「俺しかいないんだって言われたんだ。俺ほどの魔力を持っている者はほかにはいないから、この国をまとめてほしいって。だから……俺は、周りに手伝ってもらいながらもなんとか魔王をやってる。それが、突然初代勇者の生まれ変わりなんて言われて……」
そうだよなぁ、困っちゃうよなぁ。うんうん、と僕は今度は真面目に頷く。僕も「どうか魔王に苦しめられてる人間たちをお助けください」なんて言われた時はぶっ倒れるかと思ったし。え、僕勇者? 勇者なの? って感じだったからなぁ。魔王になってくださいと頼まれて魔王やってたら突然お前は初代勇者だー! と言う事実を突き付けられたバリの心中をお察しするよ。
「俺は……どうすればいい」
バリの呟きが、僕の頭の中でぐるぐると回る。




