三十七話「異変」
「……俺は、魔王だ。魔王として、魔族たちを守って行く。だから――俺を、初代勇者として見ないでほしい」
ひっくひっくと泣きじゃくるスフルに、言い聞かせるようにバリが言った。スフルは涙で潤んだ目でじっとバリを見つめるが、バリの意思はかたいようで黙って首を横に振る。
「どうして、どうして! リザリーはずっとミゼを思っているのに。どうしてわざわざ魔王なんて危ない道を選ぶんだよぅ……!」
スフルが駄々っ子のように手足をばたつかせて泣きじゃくる。リザリー、と言う単語を聞いたバリの動きが止まった。唇が震え、顔は真っ青だ。突然どうしたんだ? 僕がバリに近寄ろうと動くと、バリが頭を抱える。その顔ははっとしたような、何か忘れていたものを思い出したような顔だった。そして、バリが唸るように呟く。
「リザリー? リザリー、フェネッツェ?」
「――! バリ、お前……!」
思い出したのか、と言おうとしてバリに手で制される。バリは目を瞑り、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。その額には汗が浮かび、顔も青白い。強引に記憶を引き出そうとしているのだ、相当体に負担がかかるんだろう。僕はハラハラしながらバリを見守り、スフルは泣くのをやめて呆然と苦しむバリを見つめている。その目は、期待に輝いている。
「リザリー……俺の、恋人だ」
「ミゼ! あ、いや、バリ!」
スフルが嬉しそうな声をあげる。だが、バリの表情はすぐれない。まだ苦しそうに呻いている。
「リザリー、俺が打ち取れなかった魔王の一人。俺の恋人で……初めて俺と打ち解けた相手」
バリが苦しそうな表情を浮かべながらも、まるで与えられた情報をそのまま口に出しているかのようにペラペラとよく話す。だが、その声色に歓喜は見られない。むしろ、思い出したことを苦しんですらいる様子だ。スフルが恐る恐るバリに近寄るが、今度は拒絶されなかった。嬉しそうにバリの周りをちょろちょろと動き回る。
「俺、は。リザリーに会うためだけに、元の世界で生まれ変わりを繰り返して魔力を温存し、空間を強引に捻じ曲げてこの世界に戻ってきた。全ては、リザリーのため」
バリの言葉が、段々ぶつぶつと呟きに変わる。様子がおかしい。バリの異変に気付いた僕は、慌ててスフルにこっちに来るように指示した。スフルがバリの足元から嫌々動き出そうとした瞬間、スフルの体が吹っ飛んだ。一瞬、何が起こったのか理解できなかった。数秒経って、スフルがバリの体から立ち込める闇に弾き飛ばされたのだと理解した。
「リザリー、俺の愛しい愛しい恋人。待ってろ、今向かうから――」
この世界に来た時のような、耳をつんざく音が耳元で聞こえて、次に衝撃が僕の体に襲い掛かる。僕はバリのまとっている闇の攻撃をもろに受け、勢いよく吹っ飛ぶ。この空間には壁がないのか、勢いのままどこまで体は飛んで行く。ふと、空間に亀裂が入っているのを見つけた。僕は慣れない闇の操作をして、倒れているスフルの体を掴んで亀裂の中に飛び込んだ。
「リザリー、リザリー……」
亀裂に飛び込む前に、バリの蒼魔女の名前を呼ぶ声だけが聞こえた。




