第九話 VS大地の怒り①
スラム街の奥深くに存在する広間では、緊迫した空気が漂っていた。
広間の隅に追い詰められていたセレスとグレッタ。
彼女たちを追い詰めていた仙具使いのメガネの男。
そして、男たちの応援として駆けつけた一団を戦闘不能にしたラヴィン。
最初に口を開いたのは、メガネの男だった。
「敵であることは間違いなさそうですが……。正義感に酔いしれて邪魔をしに来たのなら、場違いですよ。帰りなさい」
「ん、違う」
応援を一瞬で倒したラヴィンを警戒しながら、立ち去るように警告する。しかし、ラヴィンは懐を探ると、仙具の使用許可証を取り出し、相手に見えるように突き出した。
「最近、仙具を使った犯罪が横行している。領主様の依頼でその調査を任された」
「なに……?」
領主の依頼という言葉に訝しんだ男だったが、ラヴィンの取り出した許可書を見ると、深くため息を零した。
「はぁ、無視できませんね。貴方たちは向こうの女傭兵をお願いします。近づかずに遠距離から攻撃して時間を稼いで下さい。絶対に逃がさないように」
部下たちにグレッタの方を任せ、メガネの男はラヴィンの方へと向き直る。
「初めまして、私の名前はオルクスと言います。悪いことは言わないから、帰りなさい。仙具使いだからと今まで負け無しだったんでしょうが、私も仙具を持っています。戦ったら死にますよ」
「ん、僕はラヴィン。君が大人しく捕まってくれるなら帰る」
「……はぁ。先程の攻撃を見る限り、あなたの仙具は純度3の“エネルギー系”ですね。球状にして撃ち出す他、剣にしたり、盾にしたり、さらには身体強化まで行える。汎用性に優れ、非常に使い勝手の良い仙具だ」
ラヴィンの一瞬の攻撃から、その仙具の能力を分析するオルクス。
その場にかがみ込み地面に手をつく。
「“剣“」
その動きを攻撃の予備動作と判断したラヴィンが、ナイフに光を集め、剣の形に整えると、距離を詰めるために一気に踏み込む。
次の瞬間、お互いの距離はゼロになり、ラヴィンがナイフを振るう――その直前。
「ですが――」
「――っ! “盾”ッ!」
相手の攻撃が来ることを察知したラヴィンが、自身の前方に光を集める。すると、それは瞬く間に円形の盾を形成した。
だが――
――ドゴォォォォォォンッッッ!!!!
「――汎用性に優れる分、その強度や威力は低い」
地面から突き出したいくつもの円錐状の岩が、ラヴィンの盾をあっさりと突き破った。
バリンッという音とともに盾が割れると、止められなかった岩がラヴィン自身も吹き飛ばし、そのまま小柄な体は空中へと放り出された。
「チンピラを伸すことは出来ても、同じ純度3の仙具使いの攻撃は防げない。……だから、大人しく帰れと言ったんですよ」
オルクスが呆れたように呟くと、空中に投げ飛ばされたラヴィンを見る――が、そこで予想外の光景を見ることとなった。
ラヴィンの身体がくるりっと空中で回転すると、そのまま何事も無かったかのように、静かに地面へと着地した。
「なに……?」
オルクスは困惑した。
巨大な杭となった岩が直撃した筈のラヴィンの身体は、しかし一切の傷が無かった。
「確かに、僕の仙具は威力が低いけど――」
「――君を斬るのには、十分」
――ザシュッッッ!!!!
「なッ――!!」
突如として、オルクスの肩が斜めに切り裂かれる。
鋭利な刃で斬られた傷からは、少なくない量の血が吹き出し、遅れて焼け付くような鋭い痛みがオルクスを襲う。
先程の一瞬の攻防。
オルクスが巨大な岩でラヴィンを攻撃した際、ラヴィンは盾で一瞬の時間を稼ぐと、その瞬間に跳躍し、自ら空中へと身を投げ出していた。
そして迫りくる岩を紙一重で躱しながら、さらに空中でナイフを振るい、オルクスの肩を斬りつけていた。
「ぐっ……」
「大人しく捕まるなら、ここで終わり」
肩を抑えるオルクスにラヴィンは警告する。
だが、それに応えることはなく、オルクスは鋭い眼差しでラヴィンを睨みつける。
「……ふぅー。子供が相手だと油断しましたね。ですが、ここからは本気です。先程と同じようには行きませんよ」
そう言うとオルクスは再び地面に手をつくと、仙具を発動させる。
「“構築”」
瞬間、地面が変形しながらラヴィンに向けて一直線に迫る。
先程とは違い、広範囲に広がる攻撃を前に、ラヴィンはすぐに地面を蹴り、その場から離れる。
だが――
「む……」
走るラヴィンを追いかけるように地面が次々と変形する。その速度は速く、追いつかれないようにラヴィンも走る速度を上げる。
だが、後ろから追いかけるだけでなく、前方や左右の地面も変形して襲ってくる。さらには、単純に杭のように変形するだけでなく、ラヴィンを囲い込むように、壁や柱のような形に変形し始めた。
囲まれないように、常に移動し続け、攻撃が当たりそうになる度に、身体を捻るようにして躱す。
「“弾“」
「くっ……!」
さらに、攻撃の合間に光球を生み出すと、隙を見てオルクスの方へと撃ち込む。
攻撃が当たらないことに焦れていたオルクスは、眼前の地面を変形させ壁を作ると、撃ち込まれた光球を弾き飛ばす。
「ちょこまかとッ……!」
苛立ったオルクスの心情を表すかのように、攻撃が激しくなる。
串刺しにしようと地面が杭になり、行く手を阻もうと壁になる。走り回るラヴィンを追いかけて、次々と地面が盛り上がり、その姿を変えていく。
先程までは、ただの閑散とした広場だった場所。
だが、オルクスの攻撃によって、今や無残な姿へと変貌していた。地面はあちこちが盛り上がり、砕かれ、周囲には岩の残骸が転がっている。
それに比例して足場も悪くなり、ラヴィンの移動できる場所も制限されていく。
だが――
――タン、タン、タンッ!
当たらない。
巨大な杭が迫ろうとも、ひらりと躱し、壁が生えてきても、僅かな凹凸に足を引っかけ、そのまま飛び越える。
軽快な動きで速度を緩めることなく、荒れていく広場を駆けまわる。
オルクスが攻撃の密度を上げようと、変形した地面が貫くのは、一瞬前までラヴィンがいた空間。ラヴィンの残像を追いかけるように悉く空を切った。
そして――
「弾の雨」
合間に挟み込まれる反撃。
単発ではなく、複数の光球により連射された攻撃は、ただ撃ち込まれるだけでなく、走り回りながら撃つことで、多方向からの攻撃となり、オルクスを襲う。
「ちぃッ!」
オルクスは舌打ちをしながら、それでも冷静に前方だけでなく、左右も覆うように壁を構築する。
――ガガガガガガッッ!!!
壁の向こうでいくつもの光球が弾かれる。
だが、次の瞬間。
「“剣“」
オルクスの後方からラヴィンが距離を詰める。
防御に意識を持っていかれたオルクスの隙をつき、唯一壁のない後方へ回り込むと、そのままナイフに光を収束して迫っていく。
「甘いッ――“崩壊”ッ!!」
「――っ!!」
だが、オルクスが叫ぶと同時に、ラヴィンの足元が突如として崩れた。
杭やら壁やらを構築することに慣れ、攻撃の手段は物理的な物だと印象づけられていたラヴィンは、咄嗟に反応できなかった。
ラヴィンを中心に数メートルの範囲が崩落。
踏ん張ることも跳躍することも出来ないラヴィンは、そのまま深い落とし穴に落下し――
「死になさいッ――“構築”!!」
――ドドドドドドドッッ!!!
追い打ちをかけるように、落とし穴の内部に大量の杭が発生する。地面や側面から伸びる杭が、ラヴィンを串刺しにする――直前。
「“重撃“」
ラヴィンの一撃が放たれる。
大量の光がナイフに収束されると、次の瞬間、一気に解放された。
限界まで収束されたエネルギーは、莫大な光の奔流となって落とし穴を蹂躙していく。大量の杭は根元から折られ、落とし穴という閉鎖空間で行き場を失ったエネルギーは、唯一の入り口に向かって殺到する。
そして――
――ドオオォォォォォォォンッッッ!!!!!
入り組んだ建物により日光が遮られ、薄暗かったスラム街に溢れんばかりの光が辺りを照らした。
静まり返った広間の中で、ラヴィンが落とし穴から出てくる。
目の前には、驚愕の顔をしたオルクスが立ち尽くしていた。
「まだまだ、これから」




