第十話 VS大地の怒り②
「(おかしい……)」
罠に嵌め、確実に仕留めたと思った瞬間に、それをひっくり返された。
だが、オルクスの胸中を満たしていたのは、怒りや悔しさではなく、疑問だった。
「(エネルギー系の仙具にあんな威力の攻撃が出来る訳がない。……純度を見誤った? いや、純度3と純度4では、差異が大きい。見間違える筈はない)」
それは、ラヴィンの持つ仙具に対する疑問だった。
エネルギー系の仙具の基本戦術は、その汎用性を活かして、攪乱や弾幕、拘束といった多彩な手段を用いること。そうすることで、欠点である威力の低さを補っているのだ。
だが、思い出してみると、ラヴィンの戦いは、それには当てはまらないことが多かった。光球、剣、盾、身体強化と一見すると様々な手段を用いているように見えるが、実際は光球の数は最低限、回避や攻撃では、純粋な体術の方が目立っていた。
「(そうだ。エネルギー系の仙具における強みは、豊富な手数だ。だが奴は、仙具の能力を自身の動きの補助にしか使用していない。まるで最小限の消耗で切り抜けようとしているような……――ッ!)」
不自然な威力の攻撃。
能力を活かさない戦術。
それらの違和感を頭の中で組み上げていく。
これまでの知識と経験から推測していると、オルクスの脳裏にある一つの可能性がよぎる。
「……そういうことですか。その仙具、“変質”していますね」
「――っ」
オルクスの言葉にラヴィンが僅かに反応した。
「世の中に存在する多種多様な仙具、しかし極稀に、その能力が歪み、変質してしまうことがあります。原因は様々ですが、その多くは呪いの装備と呼ばれるとか……」
「貴方の仙具は、本来の能力から逸脱し、エネルギーを扱う上で “対価”を支払う必要があるのでしょう。例えば――生命力とか」
「むぅ……」
図星を突かれたように、不満そうな顔をして小さく唸るラヴィン。
その様子を見てからからとオルクスが笑う。
「素直な反応、ありがとうございます。まぁ、あれだけの攻撃を涼しい顔をして回避していた貴方が、今は明らかに顔色が悪く、消耗していますからね。体力や気力よりも重たい対価を払っていると思いました」
「ん、頭良い」
「まぁ、見ての通り、私の仙具は地面に手をつかないと発動しませんからね。身体を動かせない分、頭を動かしているんですよ」
自身の推測が当たっていたことに上機嫌になるオルクスだったが、その視線は鋭いまま、ラヴィンのことを油断なく見つめていた。
「どうりで能力の使用が消極的だった訳です。本来の強みである手数の多さを活かそうとすれば、寧ろ生命力が削られすぎて、あっという間に衰弱してしまう。これでは意味がない」
「先程のように、通常のエネルギー系よりも強力な一撃が繰り出せるとしても、その威力は純度3の域を出ていない。大量の生命力が必要であることを考えると、粗悪品も良いところですね」
「粗悪品……」
オルクスの言い草にショックを受けるラヴィン。
自身が長年愛用していた仙具を粗悪品と言われるとは、思ってもいなかった。
「……対価のことが分かったところで、何も変わらない。結局、僕には傷一つ付けられていない」
負けじと言い返すラヴィンだったが、オルクスの返答はあっさりしたものだった。
「いいえ、仙具の使用に重たい対価があると分かれば、打てる手はいくらでもありますよ――“岩の人形”」
仙具が発動すると同時に、オルクスの周囲の地面が大きく盛り上がる。先程までとは違い、周囲に転がっていた岩の残骸も取り込んでいく。
その姿はだんだんと人型に変わっていき、さらに鎧のようなものまで形作られていく。手には巨大な戦鎚を握りしめ、重厚感を漂わせる鎧姿は騎士を彷彿とさせる。
仙具の発動が完了すると、そこには二体の岩の騎士が立っていた。
岩の騎士は、それぞれが五メートルほどの大きさがあり、兜に覆われた頭部がじっとラヴィンを見下ろしていた。
そして、おもむろに握りしめた戦鎚を振り下ろす。
「――っ!」
――ドゴォォォンッッ!!!
轟音とともに地面が砕かれ、破片が周囲に飛び散る。
衝撃で地面が揺れ、戦鎚の振り下ろされた場所は陥没してクレータとなっていた。
「むんッ」
だが、既にその場所にラヴィンはいない。
二体の騎士は巨体の割に素早く、ラヴィンを追いかけ次々と戦鎚を振り下ろす。巨大な戦鎚が振り下ろされる度に轟音が鳴り響き、地面を揺らすが、ラヴィンには当たらない。
「“構築”」
「む……」
だが、オルクスがさらに仙具を発動させ、ラヴィンの進行方向にある地面を変形させ、妨害する。足場の悪さに一瞬、動きが止まると、その隙を逃さず二体の騎士が戦鎚で地面を削るように薙ぎ払う。
「“盾”!」
振り払われた戦鎚を躱したが、削られた地面から無数の破片が散弾となってラヴィンを襲う。咄嗟にナイフを前に突き出し、能力を発動。形成された光の盾が全ての破片を弾き飛ばしてラヴィンの身を守った。
「むむむ……」
二体の岩の騎士とその奥で仙具を扱うオルクス。
騎士の攻撃を躱し、変形する地面を飛び越えながら、ラヴィンはじっと観察する。
そして――
「弾の雨」
「なにを……ッ」
――ドドドドドドドドッッッ!!!!!
いくつもの光球を生み出すと、それをオルクスとの周辺の地面に向けて撃ち込む。
光球が地面に直撃し破裂すると、地面がひび割れ、土煙が辺りに広がった。オルクスの視界が塞がれ、ラヴィンを見失うと同時に、二体の騎士の動きも止まる。
「ん、やっぱり騎士たちの動きは術者の視界に依存してる」
「……くッ」
声のする方へと騎士たちに攻撃させるが、聞こえてくるのは空振りする音だけ。土煙を払いのけようとするが、空中に舞い上がった土や塵は、軽すぎてその場に留まるだけだった。
スラム街にある広場のため、整備などされておらず、剥き出しの土からは、土煙が発生しやすい。ラヴィンが追加でいくつか光球を生み出し、地面を攻撃すると、いよいよ視界は効かなくなる。
「ちッ……(一帯をまとめて攻撃するか? いや、仕留めそこなうと寧ろ隙になる。どうにか相手の位置を特定しなければ……)」
「“弾“」
「――ッ“構築”!!」
突然、正面から光球が飛んでくる。オルクスは咄嗟に、地面から身の丈ほどの壁を構築し、攻撃を弾く――だが、この攻撃に既視感を覚える。先程も正面からの攻撃に気を取られて後方から接近されたのだ。
だからこそ、すぐに後ろに振り返ると、そのままの勢いで地面を変形させ、巨大な杭による迎撃を試みる。
オルクスの読みは合っていた。
後方からラヴィンが迫り、既に彼の手が届く場所まで距離を詰めていた。
オルクスの構築した杭が、迫りくるラヴィンの喉元へと伸びるが――
「ん、遅い」
「――ッ!!」
直前でラヴィンが急停止。
そのまま半回転して巨大な杭を避けてしまう。鋭い切っ先がラヴィンの頬を掠めるように通り過ぎる。
さらに――
「むんッ!」
「ぐぉ……ッ!」
回避のための半回転から、流れるように後ろ回し蹴りが炸裂。
鋭い蹴りを前に、オルクスは咄嗟に腕で防御するが、回転により勢いのついた蹴りは体格差をものともせずに、身体を仰け反らせる。
オルクスの両手が地面から離れた、その瞬間。
「“鎖”」
「なっ……!」
ジャラララッと金属の擦れる音とともに、オルクスの頭上に展開していた二つの光球から、それぞれ鎖が出現。光の粒子で構成された鎖は、両腕を縛ると、そのままピンと張り、完全に拘束する。
「ん、これで仙具は使えない」
――私の仙具は地面に手をつかないと発動しない。
先程の会話の中でオルクスが漏らした己の弱点を遠慮なく狙いにいったラヴィン――だが、その目論見は外れる。
拘束された瞬間、オルクスの顔には笑みがあった。
そのことに気づいたラヴィンは、瞬時にその場から離れるために地面を蹴る。
だが、それよりも早く――
「“構築”」
――ドゴォォォンッッッッ!!!!!!
周りの建物を揺るがすほどの轟音とともに、オルクスの周囲の地面が一斉に巨大な杭へと変形した。一本一本がこれまでのものよりも太く頑丈であり、天を突くかのように鋭く尖っていた。
「敵の言葉は、素直に信じない方が良い。馬鹿だとバレますよ」
オルクスを拘束していた鎖は、衝撃で千切れていた。
手首の辺りを摩りながら、少し離れた場所まで回避していたラヴィンに向かって、彼は嘲笑するように話しかける。
「……性格が悪い」
オルクスの言葉に、思わずといった風に返すラヴィン。
その頬は、巨大な杭によって切り裂かれ、少なくない血を流していた。




