第六話 監視と手掛かり
「あの商会が心当たりで、間違いないな?」
「ッス」
裏に潜む犯罪者たちの捜査のために、ジーノとグレンは、とある商会を見張っていた。
商会の正面にある建物の二階に身を潜め、ばれないように窓からそこで働く人々をのぞき見る。
「あそこはクラー商会って言って、この街では一番大きい商会ッス」
「普通の商会って感じだけど、本当に犯罪者連中と繋がってるのかよ」
「油断は禁物ッスよ」
「へいへい。……ところで、またラヴィンの奴がいないんだが、あいつ今度はどこいったよ?」
「街をぶらぶら散歩しているッス。例の密輸の事件でラヴィン様も仙具を使ったッスからね。もし、連中が力づくで来るなら、ラヴィン様が単独の時を狙うと思うッス」
「囮かよ……。まぁ、見た目が子供だから最適ではあるのか」
「ッス。それでいて、あの強さッスからね。もし狙い通り近づく奴がいたら同情するッスよ」
「……気になってなんだが、何でラヴィンが居るのに俺を雇ったんだよ。あいつなら護衛も問題ないだろ」
グレンが思い浮かべていたのは、数日前に銀狐を救った時のラヴィンの動きだ。
銀狐だけでなく、腕の中にいた子狐にまで配慮した上で、最上の結果を出して見せた。あの動きと気遣いができるなら、護衛など容易いだろう。
そう思って聞いた質問だったが……。
「いや、わざわざ聖剣を使って料理をしないのと同じッスよ。護衛くらい小汚いナイフで十分ッス」
「誰が小汚いナイフだ」
当然とばかりに、真顔で答えるジーノ。
それを見たグレンが、こめかみに青筋を浮かべた。
「ん? あ、あいつが商会長のポルクス=クラー、ッス」
殺意を向けられていることに気づかず、ジーノは商会の前に止まった馬車に視線を向けた。馬車の中から現れたのは、割烹の良い男性だった。縦にも横にも大きい体型をしており、体重は軽く百キロは超えているだろう。
「でっっか」
「二足歩行の豚って感じッスよねぇ。まぁ商談中も菓子を摘まむ奴なんで、当然ッス」
「そこまでは言ってねぇよ。つーか、お前あいつと面識あんの? だったら直接探りに行った方が良くないか? 犯罪者との繋がりなんて、普通に考えて徹底的に隠すもんだろ。ここで監視しても意味なくね?」
「この街に着いた日に、あいつと香辛料や薬草の商談をしたんスよ。でも、接触するかどうかを決めかねていて……。この監視も、どうしても確認したいことがあるからッス」
「……確認したいこと?」
ふざけた雰囲気を完全に消し、鋭い眼差しでポルクスの観察を続けるジーノ。
その様子に、何事かと尋ねると、ジーノは真剣な表情で頷き、答えた。
「あの豚が俺にブチ切れてないか確認したいッス」
「お前、あいつに何した?」
色々と台無しだった……。
~~事情聴取中~~
「まぁ、良くあるすれ違いッスよ」
「すれ違いねぇ?」
嘘くせぇ、と零すグレンに対して、何故こんなに信用がないのかと首を傾げるジーノ。
二人のすれ違いはそのままに、説明を続く。
「商談の最中に、間違えて取引の予定にない薬草を取り出してしまったんス。それだけなら何の問題も無かったんスけど、突然、ポルクスが『月霊草かッ!』って騒ぎだしたんッスよ」
「月霊草って、あの有名な?」
「ッス。高い回復効果を持つだけでなく、万能薬の材料にもなっている、あの月霊草ッス」
「そんなもの持ってたのかよ……。あれってめちゃくちゃ高価だったろ」
「まぁ、だからポルクスの奴も大騒ぎしたッス。で、最終的には月霊草の取引も成立して商談終了ッス」
「へぇ、それだけなら好印象を持たれてそうだけど……。この後に何か揉めたのか?」
「いや、そういう訳じゃ無いッス……」
「……?」
グレンの質問に歯切れ悪そうにジーノが答える。
「取引した薬草――実は月霊草でも何でもない、ただの偽物ッス」
「詐欺じゃねーかッ!!!」
「何がすれ違いだ、ボケっ! 思いっきり騙してんじゃねーか!」
「いやいや、俺が持ってたのは、銀霊草。月霊草とそっくりな薬草なんスけど、向こうが勝手に勘違いしただけッスよ」
「開き直ってんじゃねーよ。勘違いに気づいた時点で訂正しろや!」
「いやぁ、でもあの豚、本来なら金貨で百枚以上はする月霊草を金貨五十枚で売れって言って来たんスよ。しかも控えていた護衛に暴力をチラつかせながらッスよ!」
「あー、まぁ、それは良くないが……」
「勝手に勘違いした挙句、誠実さの欠片も無い取引を持ち掛けられたんスよ。自業自得ッス」
「……で、お前は儲かったのか?」
「ばっちりッスよ! 銀霊草は銀貨二十枚くらいの薬草ッス。それが、十倍以上の値段! あの豚マジでチョロい」
「うん。お前もお前で痛い目にあった方が良いと思う」
~~数分後~~
「まぁ、上機嫌に鼻歌なんて歌ってようだし、お前の詐欺には気づいてなさそうだな」
「詐欺じゃなくて、すれ違いッス」
「うるせぇ」
「ん~、なら接触するッスか。気づいてないなら俺への印象は悪くない筈ッス」
そうして監視を止めて直接的に商会へと乗り込む方針にした二人だったが、ふとグレンがジーノに質問する。
「そういや、何でクラー商会が怪しいって思ったんだ?」
「ああ、そのことッスか。実は、商談の時に、テーブルの上に変なマークの入った小物が置いてあったんッス」
「変なマーク?」
「ッス。こう、三日月と歪んだ瞳をモチーフにしてるような、不気味なマークだったッス」
「三日月に歪んだ瞳のマークか……。確かに不気味だが、それだけで怪しいと睨んだ訳じゃないんだろ?」
グレンの言葉にジーノは頷く。
そうして思い出すのは、あの時、子狐を捕まえて逃げようとした男の姿。
「――銀狐の密輸をしてた男の腕にも、同じマークがあったッス」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
グレンとジーノがクラー商会の監視をしていた頃。
囮として街の中を散歩していたラヴィンはというと――
「うぅ……」
「……あ、あ」
「く、そがぁ……」
「ん、治安が悪い」
――めちゃくちゃ絡まれていた。
裏に潜んで仙具を狙う相手を誘うため、あえて路地裏などの人気の少ない場所を移動していた。すると、どこからともなくチンピラたちが集まり始め、あっという間に襲って来た。
当然、チンピラ程度にラヴィンが遅れを取る筈もなく。仙具である“残祷の刃”を使うまでもなくあっさりと素手で制圧していた。問題があるとすれば、それは集まってきたのが狙っている者たちではなく、単なるチンピラだったと言うことだろう。
「最近、ここらで仙具を狙ったり、仙具を犯罪に利用したりする悪者たちを見た事ある?」
「せ、仙具?」
「なんのことだよ……」
それでも試しにとチンピラたちを使って情報収集に励む。
だが、やはり役に立つ情報を持っているものはいないのか、彼らが口にするのは、愚痴や悪態といった何の生産性もない雑音だけ――と、思いきや。
「そういえば、数日前からもっと奥まった場所で、仙具を使った戦闘が起こったとか、なんとか……」
彼らの内の一人が口にした情報が、ラヴィンの興味を惹いた。
「仙具? 間違いない?」
「た、多分。現場に残った破壊痕が、普通の武器じゃあ考えられないくらい派手だったって噂だ」
チンピラの言葉にラヴィンは考える。
確かに仙具の能力を使った戦闘は、派手で被害も大きい。だからこそ、その道の専門家でなくとも、戦闘用の仙具が使用されたかどうかは判別がしやすい。
だが――
「(戦闘が派手になると、その分、戦闘音も激しくなる。実際に仙具が使用されたなら、噂じゃなくて、事実として衛兵が動いてないとおかし気がする……)」
ジーノが衛兵たちから聞いた情報の中に、戦闘用の仙具の話は無かった。もしあれば、自分たちにも伝えただろうし、何より仙具保安管理局に連絡する。
仙具保安管理局が話に聞いた通りの組織なら、「戦闘用の仙具が悪用されている」という情報は最優先で調査するだろう。だが、現状そうなっていない。
どういうことかと首を傾げるラヴィンだったが――
「ん、案内して」
現場を見れば分かるだろうと思い、チンピラに道案内をさせるのだった。




