第四話 約束
「くぅーん」
「よしよし」
子狐がラヴィンの腕の中で甘えるように額を擦りつける。
近くでは銀狐が穏やかな顔でその様子を見守っていた。
ラヴィンが銀狐の首に嵌められていた仙具を破壊した後、すぐに銀狐は落ち着きを取り戻すことに成功していた。
元々が保護対象にされるほどに賢く、人に慣れていたこともあり、一度落ち着いてしまえば、状況を理解するのに時間は掛からなかった。特に子狐を助けてくれたラヴィンには心を許している様子だった。
「いや~、何とかなったッスねぇ」
「……ジーノ、あのラヴィンって坊主は、何者だ?」
すこし離れた場所から銀狐たちの様子を見ていたグレンの下に、ジーノが近づいてきたが、グレンの意識は完全にラヴィンの方に向いていた。
暴れる銀狐の攻撃を躱し、銀狐自身に一切の傷をつけることなく仙具の首輪を切断する。
それは、ジーノに提案され、他ならぬグレン自身が不可能と却下した方法だった。しかもラヴィンの場合、これを腕の中にいた子狐に気遣いながらやってのけたのだ。
ラヴィンは、どう見ても十二、三歳にしか見えない年頃だ。しかし、あまりに不釣り合いな戦闘能力を持っている。その違和感をグレンは警戒していた。
「何って……見ての通り、いつもぬぼ~としている少年ッスよ」
「呆けんな。仙具も持っているようだが、さっき見せた動きは達人のソレだ。才能によるものじゃなく、莫大な経験を基にした、な」
問い詰めながらジーノの様子を観察するが、彼はグレンの話に反応せず、変わらずへらへらした笑みを見せる。
その態度に反応を引き出せないと悟ったグレンは、直球で核心に触れる。
「――あいつ、本当は何年生きている?」
「……」
二人の間で空気が張り詰める。
鋭い眼光でジーノを睨みつけるグレンと、そんな視線を受けながら表面上の笑みを絶やさないジーノ。
先に沈黙を破ったのは、ジーノの方だった。
「まぁ、いいじゃないッスか!」
「……はぁ?」
もの凄く軽いノリで話をぶん投げるジーノ。
その場の空気を無視した発言に、思わずグレンの口から間の抜けた声が漏れる。
「確かに、ラヴィン様には話せない秘密が多いッス。でも、触れられたくない過去があるなんて珍しくないッスよ。傭兵の間でも過去の詮索はご法度ッスよね?」
「……あのな、これから依頼を受けようって時に、そんな誤魔化しをするやつを――」
「信用できないッスよね。それは理解しているッス。――だから、これだけは嘘偽りなく話すッス」
呆れた様子のグレンの言葉を遮り、それまでと打って変わって真剣な表情をしたジーノがグレンに向き合う。
「あの方は、善人ッス。俺なんかとは違って、誰かのために命を懸けることを躊躇わない……馬鹿って言われる類のお人好しッス」
「だから、あの人がグレンさんを裏切るような真似は、絶対にしないッス」
グレンの視線を真正面から受け止め、それでも裏切らないと断言したジーノ。
そんなジーノを見て、グレンは――
「はぁー……、分かったよ。その言葉に嘘は無いと信じてやる」
「おおっ、さすがッス」
「調子の良い奴め。ま、お前の言う通り、退屈はしなさそうだからな」
そう言って愉快そうに笑うグレンにジーノも釣られるようにして笑った。
「いやぁ、依頼を断られるかと思ったッスよ」
「ははっ、また一から護衛を探すのは大変だろ」
「いやいや、違約金を払うことになるグレンさんと比べたら、なんて事ないッスよ!」
「は?」
「ん?」
「……違約金?」
「違約金ッス」
「……何言ってんだ、お前?」
「いや、違約金は知ってるッスよね? 傭兵が契約不履行時に払う奴っす」
「違約金は知ってる。けど、それって任務を途中で放棄したり、依頼人を裏切ったりした場合だろ。今は顔合わせの段階なんだから、この時点で依頼を断っても違約金なんて話にならねぇ……よな?」
突然、変な方向に話が進んで戸惑うグレン。
そんなグレンに、ジーノは優し気な……しかし、どこか黒い笑顔を見せる。
「……グレンさんは、今回の依頼の報酬が相場以上だったことを不審に思ってたッスね。それでも依頼を受けたのは、この依頼がギルドからの紹介だったからッスよね?」
「……そうだけど」
「俺がギルドに支払った金貨が、二百枚だけだと思ったッスか?」
「お前、まさかギルドを買収したのかッ!?」
「人聞きの悪いことを言わないで欲しいッス。ただ紹介料として、ちょ~と包んだだけッスよ。そしたら“善意”で、契約書の違約金発生の条件を緩和させてくれただけッス」
「思いっきり買収してんじゃねぇかッ!!」
「ちなみに、違約金は金貨五百枚ッス」
「五百枚ッ!?」
「い、いやいやいや!! そんな訳あるか! これでも俺は指名依頼が来るくらい名前が知られてんだぞッ!! そんな俺を騙すなんて、ギルドもする筈が……ッ」
「……グレンさん。いくら優秀でも、所詮は社会的地位の皆無な傭兵。金払いの良い上客を優先するのは、世の常ッスよ」
「やかましいッッ!!!」
「つーか、てめぇッ!! さっき裏切らねぇって言ったばかりじゃねぇかッ!!」
「いや、あれはラヴィン様が、って話ッスよ」
「て……てめぇッ」
わなわなと身体を震わせるグレンに、良い笑顔のジーノが肩を叩く。
「ままま、良いじゃないッスか。結局、依頼は受けてくれるんスから、何の問題も無いッス。こうやって違約金のことを話したのも、俺からの信頼の証ッスよッ!」
「ぶっ殺す」
サムズアップするジーノ。静かにブチ切れたグレン。
突如として始まった逃走劇は、その後、衛兵が駆けつけるまで続いた。
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極東に存在する島国・天京。
島の中央部には、幾重にも鳥居が並び、その奥に佇む神社は、思わず目を奪われてしまう程に荘厳で、神聖な雰囲気を漂わせていた。
そんな神社の一室に、一人の美しい女性が身なりを整えている。
傍にいた女中の少女が、艶のある黒髪を後ろで一つに束ねると、それだけで彼女の凛とした表情が強調された。平均よりも高い身長と巫女服を押し上げる豊かな胸元は、優美さと力強さを同時に感じさせる。
彼女――神代=玲は、神代家の十二代目当主である。
この島を治める神代家は、国主であると同時に神社の最高神職も務めているため、毎朝、神前で拝礼を捧げることが、彼女の日課だった。
「……ん? あれが気になるのか?」
拝礼を終えた玲は、傍に控えていた女中の少女が余所見をしているのが目に入った。
声をかけられ、はっとした少女は、慌てて姿勢を正すと非礼を詫びるように頭を下げた
「も、申し訳ありません! つい……ッ」
「いや、構わない。そうか、お前はこれを見るのが初めてだったな」
そう言った玲の視線の先には、一枚の掛軸。
そこには、七支刀を持った偉丈夫が何かと戦う姿を描かれていた。
「は、はい。……あの、この掛軸に描かれているのは、初代当主様、ですよね?」
「ああ、そうだ。およそ三百年前に初代様は、世界を滅ぼしかけた魔王を撃退し、世界を救った。これはその当時の様子を描いたものだ」
「はい。私も小さい頃から母に読み聞かせていただいておりました。……ただ、この掛軸には、もう一人、少年が描かれていますが、こちらの方は?」
女中の言う通り、掛軸に描かれている偉丈夫の近くに、白髪で赤目の少年が描かれていた。少年の手足には枷が嵌められていたが、その鎖は千切られ、手には剣を持ち、偉丈夫と共に戦っている様子が見て取れた。
「ああ、そうだったな。一般的には伝わっていないが、魔王との闘いにおいて、初代様とともに戦った者がいてな。この少年もその一人なんだ」
「なるほど。そうだったんですね」
「初代様は、彼とある約束を交わしていた。……残念なことに、初代様が生きておられる内に果たされることは無かったが――」
「神代家は、今もなお、彼をずっと待っているんだ」




