第三話 残祷の刃
「ガルゥッ! ガアッ!」
道の真ん中で銀狐が苛立ちをぶつけるかのように暴れる。
そのたびに鎖が傷つき、欠け、曲がっている。このままでは、そう遠くない内にこの鎖は千切れるだろう。
「ちっ、しゃあねぇ。衛兵どもが来る前に鎖を引き千切った場合、俺が出て斬ってくる」
「いっ!? いや、やめといた方が良いッスよッ」
「そうも言ってられねぇだろうが。いくら保護対象に指定されているからと言って、街中で魔獣が暴れれば死人が出る」
「いやぁ、下手に傷付けたり、殺したりすると、後になって責任押し付けられるかもッスよ?」
「は? いや、この状況なら人命優先だろ」
「う~ん。……まず、密輸された魔獣が、門の検問を通過して街の中にいること自体が領主にとっての失態ッス」
「……おう」
「その上で、西の国で大切に保護されていた魔獣を殺したとなると……外交問題に発展するッス」
「えぇ……」
「だから、少しでも責任を分散させるために、“密輸されていた事実を突き止め、阻止しようとしたが、現場にいた傭兵が勝手な判断で殺した”なんて風に言い出す可能性が……」
「……これだから貴族はッ」
ジーノの言葉を否定できなかったのか、グレンは苦い顔で悪態を吐く。
だが、そうこうしている内にも銀狐は鎖を千切ろうと噛みつきだした。
「じゃあ、どうすんだ!? もう時間がねぇぞ!」
その光景に猶予が無いことを悟ったグレンは、焦ったように問い詰める。
「元々、銀狐は温厚で人に慣れている筈ッスから……こう、良い感じに暴れる銀狐を躱しつつ、傷つけないように首輪だけを切り落とせないッスか?」
「できるかッ!!」
ジーノの無茶ぶりにグレンが怒鳴り返す。
すると、次の瞬間――
「ガァアアッッ!!!」
――バキィンッッ!!!
銀狐の鋭い雄叫びと同時に、首輪に繋がっていた鎖が甲高い音を立てて引き千切られた。
「ちッ!」
その瞬間、舌打ちとともにグレンが駆けだす。
同時に解放された銀狐が近くにいた住民に向かって突っ込む。牙を剥き出しにして迫る銀狐に、男もようやく状況を悟ったのか、腰を抜かして悲鳴を上げる。
「う、うわぁッ!!」
「ガァアアアアアッッ!!!」
そのままの勢いで銀狐が男に襲い掛かる――その直前。
――ガギィィンッッ!!!
「ガァアアッ!!」
「え、あ……え!?」
「おい、邪魔だッ! さっさと避難しろッ!!」
「ひっ……は、はいッ!」
男が攻撃される寸前に銀狐との間に身体を滑り込ませたグレンが、抜き身の剣で受け止めた。状況を理解していない男に怒鳴って避難させると、銀狐の方もグレンを警戒したのか、その場を離れる。
「グルルルルッ」
「たくッ。傷つけず、殺さず無効化しろなんて、無茶を言いやがる」
愚痴をこぼしながらも油断なく構えるグレン。
銀狐も隙を伺うように一定の距離を保ったまま、グレンを睨みつける。
「……この状況なら、使っても問題ないだろ」
そう言うとグレンは、構えた剣にそっと手を添える。
そして、静かに自身の仙具の名を告げる。
「灼天の剣」
すると、グレンの持っていた剣から炎が噴き出し、あっという間に刀身を覆っていく。さらにグレンを中心に熱気が広がり、周囲の温度も上がっていくのが分かった。
「グルルルッ!」
銀狐も目の前にいる敵の脅威度が跳ね上がったことを理解したのか、先程よりもさらに警戒を高め、身を低く構えた。
「“火走り”」
「――っ!!」
グレンが剣を地面に突き立てると同時に、炎の一部が素早く地面を伝って銀狐の方へと伸びていく。銀狐がとっさにその場を飛び退くが、構わず炎は地面を走り、取り囲むように動く。そして――
「“炎壁“」
一斉に炎が噴き出し、一瞬で銀狐とグレンを囲む炎の壁が出現した。
周囲を炎で囲まれたことで、さらに温度が上昇し、まるで空気が歪んでいるようにも見えた。
「ガルルルッ!」
「さて、俺の仙具は、見ての通り炎を操る剣だ。これが結構、使い勝手が悪くてなぁ、いつも苦労してんだわ」
グレンの剣を警戒して近づくことが出来ない銀狐は、それでも相手が近づいたら噛み砕かんとばかりに唸る。
グレンもそんな銀狐を油断なく見据え、ゆっくりと語りかける。
「なにせ、こいつは攻撃一辺倒でな。周囲に燃え移らないように気を遣ったり、素材回収のために手加減したりと、本っ当に大変でなぁ。生け捕りには、まるで向いてない武器なんだが……」
銀狐とグレンの視線がぶつかり合う。
ジリジリと緊張が高まっていく中、変わらずにグレンは続ける。
「いつも苦労しているせいか、案外、工夫次第ってことにも気づいたんだよ。……なぁ、銀狐」
そして、にやりと笑うと――
「――なんだが、息苦しくないか?」
「――っ!!」
それに気づいた時には、既に遅かった。
目の前で圧をかけていたグレンにばかり集中してしまい、周囲の温度が異常なほどに上昇していることにまで、意識が向かず見逃してしまった。
そして、意識したことで気づく。いつの間にか息が荒くなり、呼吸するたびに喉が焼けるような痛みを訴えていたことに。
「よっ、と」
「――っ、ガァァァァッッ!!」
銀狐が混乱している隙を見逃さず、グレンは一瞬で距離を詰める。
仙具の剣は地面に突き立てたまま、無手で迫ってくるグレンに、一瞬、反応が遅れながらも銀狐は迎え討とうと、牙を剥く。
そして――
「シッ――!」
「ガ……ッ!」
目前まで迫って来た銀狐の牙を躱すと、そのままの勢いで銀狐の顎を左右から殴りつける。
軽い脳震盪を起こしたのか、一瞬で白目を剥くと、そのまま崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「ふぅー……」
その様子を見届けながら、グレンは息を吐く。
そして仙具の能力を解除し、炎の壁を消すと、あっという間に周囲の温度も通常にまで下がった。
「お~! さすがッスね、生け捕りしてるじゃないッスか!」
「危ねぇから、まだこっちに来るなよ。まぁ、後は衛兵が来るまで――」
と、グレンの言葉を遮るように、それが辺りに響いた――
「キャインッ! キャインッ!」
『――っ!!』
戦場に似つかわしくない甲高い悲鳴。
その場にいた全員が声の発生源を見ると、そこには馬車の残骸から子供の銀狐を引っ張り出している商人風の恰好をした男がいた。
男は子狐を抱えると、一目散にその場を離れる。
「なッ……おい、待てッ!」
予想外の事態に思わず固まってしまったグレンが追いかけようとするが、それよりも早く動いたものがいた。
「グゥ……ガァァァァァッッ!!!」
「うおッ!」
我が子の悲鳴を聞いて意識を取り戻した母親の銀狐が、動かぬ身体に鞭を打つと、全速力で男に向かって走り出した。
「く、くそッ!」
逃げられないと悟った男が片方の手で子狐を盾のように銀狐に向かって突き出すと、反対の手で剣を構える。
我が子のために力を振り絞っている銀狐だったが、やはり急激な体温上昇と脳震盪の影響かまだ強いのか、ふらついてる。
そして、その様子を見た男はにやりと笑う。
「へ、へへッ。ふらついてんじゃねぇか」
「ちッ!」
遅れてグレンも駆け出そうとした、その瞬間――
――トンッ
という軽い音が聞こえたと思うと、いつの間にか男のすぐ隣にラヴィンが降り立っていた。
「な、なぁッ!!」
「残祷の刃」
突然、現れたラヴィンに男が驚くが、それに構わずラヴィンが手に持っていたナイフ――否、ナイフ型の仙具の名を呼ぶ。
すると、ナイフから光の粒子が溢れ出すように周囲に広がり、幻想的な光景を生み出した。
「“弾“」
「えっ……がふッ!!」
ラヴィンがナイフの切っ先を男に向けると、光の粒子が収束し、一直線に男に向かって発射された。
光球が頭部に直撃して吹っ飛ばされた男は、そのまま地面に全身を打ち付けられて意識を失う。
「キャッチ」
「キャインッ!!」
衝撃で空中に放り出された子狐を優しく受け止めるが、子狐の方は状況の変化についていけず、ラヴィンの腕の中で暴れる。
すると――
「ガァァァァァッッッ!!!!」
追いついた銀狐がラヴィンに向かって鋭い爪を振り下ろす。
子供を害された銀狐からしてみれば、商人風の男だろうが、ラヴィンだろうが敵になるため、そこには一切の躊躇がなかった。
だが――
「“剣“」
そこからは一瞬の出来事だった。
ラヴィンは腕の中にいる子狐の負担にならないように、最小限の動きで迫りくる銀狐の爪を躱すと、そのままナイフを構える。
ナイフには、再び光の粒子が収束し、今度は光の刃を形成。刀身の伸びたナイフは、銀狐の動きに沿うように優しく二度振るわれた。
キィン! という音が響くと同時に、銀狐の首に嵌められていた首輪型の仙具が切断され、音もなく地面に転がった。
「むん。一件落着」




