第十四話 セレスの過去
完全に日が落ち、辺りが暗闇に包まれる。
街から離れた森の中で焚き木を中心に、5人の人影が岩に腰掛けていた。
人目を避けるように潜んでいる彼らは、ラヴィン・ジーノ・グレン。そしてセレス・グレッタであった。
パチッ、パチッと焚き木の中で枝が爆ぜる音だけが辺りに響く。
沈黙が辺りを包む中、口を開いたのはグレッタだった。
「それで……あたしらって何でこんな森にいるんだっけ?」
「「……」」
グレッタの言葉に心当たりのあるジーノとグレンは、しかし沈黙を貫く。
決して目を合わせようとしない二人に変わってラヴィンが答えた。
「ん、ジーノたちと合流した時に、何故か二人が追われていたから、僕たちも一緒に逃げた」
「そ、そうですね。てっきり理想郷に追われているのかと思って、そのまま流されましたが……あの、彼らは衛兵だったような……」
「どうなんだい?」
ジロリッとグレッタがジーノたちを睨みつけると、二人はビクッとした後、おずおずとジーノが説明を始めた。
「ま、まぁ、ちょっとした誤解があってッスね……。実は――」
~~事情聴取中~~
「――と、いう訳ッス」
ジーノが監視から逃走までの流れを全て話終わった瞬間――
「こんのボケどもがぁぁぁぁッッッ!!!!!」
「イダダダダッッ!!!!」
「何で俺までッッ!!!!
ブチ切れたグレッタが、両手で二人の顔を鷲掴みにするという衝撃的な光景が映されていた。渾身の力を込めて握りしめ、メキメキメキッという頭蓋骨が軋む音と二人の悲鳴が辺りに響き渡る。
「これから領主に助けを求める予定だったのに、全部無駄になったじゃねぇかッ! 何で犯罪者組織に追われている最中に衛兵たちにも追われることになるんだよッ!!!」
「うごごごごッッ!!」
「し、死ぬ……ッ!!」
「ぐ、グレッタ落ち着いて! 彼らを巻き込んでるのは寧ろ私の方だから……、その、一旦落ち着いて話しましょうッ」
「どうどう」
セレスとラヴィンの説得により、ジーノとグレンの処刑は中断され、グレッタは二人を解放。ぐったりと脱力した二人は横目に、今後の方針について話合いが行われた。
「ん、ジーノの件とセレスの件は別なんだから、改めて領主様に協力を求められない?」
「……多分、無理だろうね。話を聞く限り、敵対した商会は影響力が強い。おまけに理想郷とも繋がっているなら危険すぎる」
「では、このまま別の街まで逃げた方が良いのでしょうか」
「そうだね。問題はどこに向かうかだけど……」
「そ、それなら良い場所があるッス」
ラヴィンたちの会話になんとか復活したジーノが入り込む。
「ここから東にある港町には、通信系の仙具があった筈ッス。そこでアウクトル家の名前で仙具保安管理局に保護を頼んで迎えに来てもらえば良いッス。あそこなら純度5の仙具使いにも対応できるッスから」
「結構離れてるから、俺たちのことも伝わっていないだろうしな……」
「……なるほど」
ジーノの提案にグレッタも納得する。
確かに相手に純度5の仙具使いがいると分かった時点で何を置いても管理局と連絡を取る必要があったのだ。直接連絡が出来るならそれに越したこともない。
「うん、あたしもそれが良いと思う。明日からその港町を目指そう」
グレッタの言葉にその場にいた全員が頷き、今後の方針が決定した。
「あの、皆様にお伝えしておくことが……」
方針が決まった後、セレスが姿勢を正して話を切り出す。
その表情はとても真剣で、ラヴィンたちも座りなおして耳を傾けた。
「まずは、私のせいで巻き込んでしまったこと、本当に申し訳ありません。そのうえで、こうして力を貸していただけることに感謝させてください」
「別に大丈夫」
「そうだよ。あんまり気にしすぎないようにね」
座ったまま頭を深々と下げるセレスにラヴィンとグレッタは手を振りながら答える。グレンとジーノも特に気にした様子を見せずに頷いている。
そのことにセレスは深く感謝しながら、胸に下げた十字架を握りしめると、意を決して口を開く。
「私の仙具――救命の十字架ですが……私はこの力を使いこなせていません。軽い傷なら問題ありませんが、重傷者の治療は出来ないのです……」
そう言って、セレスは自身の幼少期の出来事について、語り出した。
「私たちアウクトル家に求められる役割は、怪我や病気の治療です。回復系の仙具は、相手の身体に干渉する分、特に繊細で扱いが難しいため、私も小さい頃から修行を受けていました」
「アウクトル家には、救命の十字架以外にも多数の回復系の仙具があるので、それで修行をしました。本来なら数年かけて扱いに慣れていく仙具を数週間で使いこなしたことで、周りからは天才と持て囃され、私もそのことを誇りに思っていました」
「……ある日、家の庭で瀕死になっている子猫を発見しました。大型の猛禽類にでも襲われたのか、全身から血を流している姿を見て、私はすぐに仙具でその子を助けようとしました。ですが――」
セレスは、そこで一旦口を閉じる。
そして、声を震えさせながら、絞り出すように吐き出した。
「私は、その子を殺してしまったんです……ッ」
「本来、重傷者を回復系の仙具で癒す場合、一度で癒すことはしません。数回に分けて治療したり、薬と併用したりと患者の負担を出来るだけ下げる必要があります。だからこそ、アウクトル家でも仙具の修行と並行して、応急処置の方法や薬学の知識を学ばせるのですが……」
「私の場合、仙具の修行を一気に終わらせてしまった分、その手の知識や技術が抜けていました。……その結果、私は子猫に負担を掛けすぎて殺してしまった」
「それからです。誰かを治療しようとすると、その度に身体が震え、頭が真っ白になりました。両親も周りの人たちも優しくしてくれましたが、私は期待を裏切ったことに耐えられなかった……」
「足りなかった知識を埋めるための勉強、そう称して次第に部屋に引きこもるようになりました」
「周りの視線が怖かった。誰かを治療するのが怖かった。そして、一度逃げたことで、余計に向き合う事が出来なくなった……」
「そんな日が続いたある時、私を心配した母が部屋を訪ねてきました。気まずくて目線を合わせることも出来ずに俯いていたら、ふと母の指先に小さな切り傷を見つけたのです」
「何故か、その傷から目を離せず、気づいていたら私は仙具を発動させていました」
「読書中に紙で切ったその傷はとても小さく、本来であれば数秒で癒せるものでしたが、手が震え、仙具も不安定だった私は、数十分もかけて癒しました」
「それでも、母は何も言わずにじっと待ってくれました。そして、傷が癒えた瞬間、私を抱きしめて笑顔でありがとう、と言ってくれた」
「その日から、少しずつ前に進めるようになったんです。アウクトル家では、重傷者の治療が主だったため、小さな傷から経験を積めるようにと父が新しく診療所を建ててくれました」
「毎日、順調でした。少しずつでしたが、患者に向き合い、怪我を治療して……順調、だったんです」
「……でも、あの子が救命の十字架を持って駆け込んだ日、私は、あの子を救えなかったッ!」
「血だらけのあの子を前にして、動けなかったッ! どうすればいいか分からなくなって、グレッタに手を引いてもらえるまで、何も……ッ」
「セレス……」
全身を振るわせて、まるで懺悔するかのように涙を流すセレスの肩にグレッタがそっと手を置く。
「いつか、胸を張って父と母に会いに行きたかったッ! もう大丈夫だと……ッアウクトル家をちゃんと引き継げると……伝えたかった……ッ!」
「こんな形で……救命の十字架を、当主の証を……受け継ぎたくなかったッ!!」
血を吐くような叫びが辺りに響き渡る。
セレスの中にあった後悔と悲しみが溢れ、涙を抑えきれなくなった彼女に誰も声を出せなかった。
だが――
「よしよし」
ラヴィンが、泣いているセレスの頭を優しく撫でる。
その突然の行動に、その場にいた全員がぽかんと立ち尽くし、セレスも思わず顔を上げた。
「えっ……と」
「セレスは一度、自分から一歩を踏み出した。それはとても凄いことで、胸を張って良い。まだ足りないと思うなら、これから一緒に頑張ろう。それまで守るから」
困惑しているセレスを置いて、ラヴィンは頭を撫でながら言葉を重ねる。
その内容はとても単純なものだったが……だからだろうか、セレスの心にすっと入り込むような感覚がした。
「ふっ、ふふッ」
そうして一度気を抜いてしまったせいで涙は引っ込み、目の前にある眠そうな顔がおかしくなって、セレスは思わず吹き出しそうになった。
まだ目尻に涙の跡は残っていたが、彼女の顔に浮かぶ笑顔は少し晴れやかなものだった。




